[携帯モード] [URL送信]

小話
ガイが思春期になりました2 ガイ前編
ルークの続きになります

ガイはゆるやかに眠りから浮上する。
ゆっくりと瞼をあけると、そこには見慣れない天井があった。
「夢、じゃなかったのか」
ぽつりと言葉がついてでる。
身体を起こしベッドから降りた視線の先に、一振りの剣がある。
鞘に収められていても、その特徴的な飾りは見まごうはずもなく。
宝刀ガルディオス。
ファブレの屋敷のエントランスに武勲の証として飾られていた父の形見の剣。
「これが俺の手元にあるって事は、正体はバレているのは間違いないわけだ」
なのに、あいつ、終始脳天気に笑って、こっちの世話をあれこれ焼きたがって。
昨日のことを思い返すと、ガイの胸中に形容しがたい想いが沸き上がる。


寝る前に、この剣を渡された。ずしりと重いそれは剣の重みだけではなかった。父の、母の、姉の、そしてホドの重みだ。
衝動的な殺意がわきたった。
鞘からこの剣を抜き、その切っ先を喉元につきつけたい。
それは何度も何度も、描いていた未来図だったはずだ。
だが。剣を渡したあいつの静かで淡い笑みの前に、それはあっけなく挫けた。
「おやすみ。また明日な」
扉の向こうに消えたあいつを追う事もできたはずだ。風呂上りで丸腰だったあいつの背を斬ることだって。
その夢想をすれば、掌が震える。
何故。
ああ、そうだ、あまりにあいつが違うからだ。


ガイの知るルークは、あのようにコロコロと表情をかえることはなかった。
子どもらしからぬ子ども。
それはガイにとって理想そのものだった。復讐の道具として。
かれのおかげで、心の奥底に燻る復讐の炎が消えることはなかったし、刃を振るうことに躊躇う感情は湧くことはなかった。
なのに、あいつは違いすぎる。何もかも。
後頭部でも打ち付けて、アホになったんだろうか。
そうでもなければ、あのルークの立ち居振る舞いは合点がいかない。
10年の歳月がどのようにあのルークを変容させたのだろうか。
憎まれ口を叩こうが、向こうずねを蹴り飛ばそうが、にへらと笑って許すルークなど、天地がひっくり返っても起こり得ない未来だったはずだ。
やはり頭を強打してアホになったにちがいない。
当たらずとも遠からずなガイの推察は、扉を叩く音によって中断された。
「おーい、飯できたぞ。顔は洗ったか?」
呑気なルークの声に、思わずガイは怒鳴る。
「うるさい!今からする」
「おー、朝からガイは元気だな。じゃ待ってるから」
扉の向こうの気配が遠くなると、ガイは深い溜息を零し、後頭部を掻く。
ペースを乱されっぱなしだ。あいつの前だとどんどん「本当の自分」がさらけ出されていく。
ルークの前では常に、高慢な彼が望むような上品な振る舞いができたはずなのに。
「本当に調子くるう」と苦々しく独り言ち、洗面台に向かった。


「じゃーん……って言っても、簡単なのしか作れないんだよな」
食卓には、トーストとスクランブルエッグにベーコンを添えたプレートと、サラダが置かれている。
「あのルーク様がすごーい」
ガイが真顔で平坦なまま言い放つと、ルークがぷっと吹き出す。
「棒読みすぎんだろ。もうちっと感情こめろって。それにそのセリフは食べてからにしてくれよ」
ルークは笑いながら向かいの椅子に腰をおろすと「いただきます」と手を合わせる。
その一連の動きにガイは僅かに瞠目する。
そういや昨日も自分で椅子ひいて座ってたな。
ガイの視線に気づいたのか、ルークはトーストを齧りながら、どうした?という表情を向ける。
それに気づかぬ振りをして、ガイはフォークでスクランブルエッグをつつく。
「本当はカッコつけてオムレツでも作ってやろうと思ったんだけどな。上手くいかなかったからスクランブルエッグになったんだ」
ふわふわでトロトロのそれを口に運べば、バターと生クリームの風味が中で広がる。
「どう?どう?」
身を乗り出す勢いで感想を尋ねてくるルークに
「……まあ、うまいんじゃないの」
と素っ気ない言葉をなげる。
だが、すごく嬉しそうにニカっと笑顔をガイに向ける。
「だろー。ほら、じゃさっきのアレを感情こめてもう一回」
「は?調子のんなよ」
「ガイって結構口悪いよなあ」
「お前限定だよ」
そんな軽口を叩きながら食事を済ませる。
片付けは後でいいか、とルークはシンクに皿をつける。
「命令すればいいんじゃないの」
ガイの言葉にルークはきょとんとして見返す。
「は?もしかしてガイに?」
「俺はお前の使用人だし」
「ガイはもう使用人じゃないし、それに言ったろ。こいび」
「うわああああっ!言うな!!それ、絶対おれをからかってんだろ!!聞かない!騙されない!」
耳に手をあてて喚くガイをみて、ルークはおかしそうに笑う。



「うわー、本当にちっこいガイさんだ!」
ギンジという白銀色の髪の青年は、目を大きくあけて驚いている。そのわりに妙に呑気な口調だ。
「あれ、なんかいつもと調子が違いますね。普段はもっとこう、ほわーんとした感じなのに」
「ガイってほわーん、とはしてなくないか?」
「してますよ。ほわーんですって」
「あいつは人当たりよさげだけど、ほわーんじゃないって」
ルークと目の前の青年が何やら10年後の自分の印象について、熱く語り始めた。
ほわーんという擬音のイメージから、昼行灯にでもなっているんだろうか。ガイは自分の未来に暗澹たる思いを馳せた
「おい、くだらん事言ってないで、集会所から設計図もってこい」
アストンの声に、青年は弾かれたように背を伸ばして「はいっ」と返事をする。
「あ、ギンジ。俺も付き合うよ。いいか?ガイ」
こくりを頷くと素直に二人のあとに続いていく。
「そういや、アッシュさん元気そうでしたねえ」
格納庫から集会所へと向かう道はゆるやかな下り坂になっている。
ギンジの言葉にルークがピタリと足を止めたので、あやうくぶつかりそうになる。
「ギンジ、いつアッシュに会ったんだ」
「あれ、もしかして内緒だったのかな。やばいなあ」
頭をがりがりっとかいて、ギンジは言葉を続ける。
「昨日、ナタリア王女と一緒にシェリダンに来てたんですよ。アッシュさんは、おいらの所で近況を話してたんです」
「うわ、マジか!あいつ、相変わらずナタリアにくっついて回ってんのか。金魚のフンだな!」
「アッシュさんは『ナタリア六割』だから。それからおいらは飛行実験にいくからそこで別れたんですよ」
「あー、じゃあいつにもバレてんのかあ」
両手で頭を抱える唸るルークに、ガイは問いかける。
「おい、誰だ。アッシュって」
「えー、と」
ぎくりと顔を強張らせて振り返るルークを、ガイは睨む。
「大体、ナタリア様はお前の婚約者だろ。そのアッシュってストーカー野郎に」
「わー、待った!違う、あいつはそんなんじゃないんだ」
慌てて遮るルークに、ガイは顔を顰める。
昨日から抱いていた違和感が大きくなる。
こいつ、本当にルークなのか?


後編


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!