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小話
ガイが思春期になりました2 ガイ 後編
その時、シェリダンの街入り口に行商人が、文字通り転がりこんできた。
「たす…け…。辻馬車が……おそ…われ」
誰よりも早く駆け寄ったのは、ルークだった。
「場所はどこだ。……わかった。ギンジ、衛兵にこの事を伝えてくれ。ガイはこの人を見てて」
言い終わらないうちにルークは駆け出す。
「わかりました」
ギンジが逆方向へと駆け出すと、その場に一人取り残されたガイは男に声をかける。
「大丈夫ですか?怪我は?」
「だい、…じょうぶ」
ぜえぜえと息を切らす男の言葉に嘘はないようで、さした怪我はない様子だ。
顔の擦り傷や手足の汚れは、逃げた時に転んでできたもののようだ。
ほっとガイは安堵すると、次にルークのことが頭に浮かんだ。
あいつ一人で突っ走っていったけど大丈夫だろうか。
「賊は何人?」
「四人だったよ」
何事かと、人が集まってくる。そのうちの一人の目を見据えてガイは託す。
「すみません、この人に水をあげてください。擦り傷だけのようなので手当もお願いします」
伝え終わると同時に駆け出す。
シェリダン港からの道で襲われた、と行商人は言っていた。ガイは走りながら地図を脳裏に浮かべ、方向を定める。
走りながらそれにあわせて揺れる腰の剣は、10年後の自分が所有していた中で一番軽いものだった。
それでも重みを感じる。
ぐっと奥歯を噛み締めて、大地を蹴る。


息があがるまえに、戦闘しているルークの姿を視界が捉えた。
4人のうち、すでに二人は膝をついている。
盗賊の一人の小刀の繰り出す速さと、リーチの短さを計算しているのだろう。
適度な距離を保ちながら、横薙ぎするもう一人の盗賊の斧を剣で受けて流す。
と、同時に、斧を受け流され重心が傾いた盗賊の足をルークが蹴りあげる。
どうっと音を立てて男は後方に倒れこむ。振り向きざまに、一気に小刀をもつ盗賊との距離を詰める。
金属のぶつかる高い音が数度繰り出された後、気を練った拳を突き上げ相手を浮かす。そのままダウンし盗賊は動かなかった。
「ルーク!!」
一連の戦闘で無駄のない動きをみせたルークは、静かに背の鞘に剣を収める。
「あの人は大丈夫だったか」
その問いには答えず、眦を決する。
「殺さないのか」
ガイの言葉に、膝をついた盗賊たちがビクリを体を震わす。
「戦意は喪失してるだろ。必要ない。それに、ほら、兵士がきたから引き渡せばいい」
振り返ればキムラスカ兵士達が「ルーク様、大丈夫ですか」と叫びながら駆け寄ってきている。
ガイは顔を歪め吐き捨てる。
「はっ、お坊ちゃんはクソ甘いよな。もしかして人を殺すのが恐いのかい」
ガイの挑発に、ルークは静かに答える。

「ああ、そうだよ。怖いよ」
一瞬で湧いた苛烈な衝動のままに、ルークの胸ぐらをつかんで引き寄せる。
「こわい?大層なご身分だな、ルーク・フォン・ファブレ!
やられなきゃやられるんだよ。
お前の父親もそうしてきたはずだ。なのに甘ったるい事ぬかして」
間近でみる翠の瞳は透き通っていて、怒りを露わにする自分を静かに真っ直ぐに見返している。
喉の手前までせりあがってきた言葉がうまく形にならない。
怒りの衝動の起因がどこにあるのか。それが脳裏で形になった時、胸元を掴んだ手が小刻みに震える。
「お前は臆病者だ!!」
糾弾するはずの声は、ふがいない程に震えている。
ちがう、何か、ちがう言葉が。
掴んだ手を離すと、踵を返す。これ以上この場にいたら、あの瞳をみたら、脆く崩れ落ちてしまいそうで。必死で守ろうとしていた、守らなければならなかった何かが。
はじめはゆっくりと、だが、数歩歩いて、ガイは駆け出す。
何かに追い立てられるように。
「あ、ガイさん、どこに…」
キムラスカ兵と共にいたギンジの呼びかけに聞こえない振りをきめこむ。




逃げるようにして走った先は、シェリダンの小高い丘にあるあの家だった。
ここに置いてある父上の剣を持っていくために。
窓ガラスを叩き割ろうと、適当な石を握りしめる。
窓際まで近づいたとき、窓ガラスに映った自分の顔があまりにも悲痛な顔をしていて、力が抜け落ちる。
結局石をまた庭に放り投げ、家を取り囲む木の一つに体を寄りかからせた。
ずるずるとその場にへたり込む。
鞘ごと剣を帯から抜くと、それを肩に立てかける。
空を見あげれば、青い空が広がっている。
苛立ちに似た焦燥は抜け落ち、今、ガイの胸中は静かに凪いでいた。
立てた片膝に掌をおいて、上体を折る。耳元を鞘が擦る。
「こうしなきゃ、生きて、いけなかったんだ」
小さく漏れた言葉は、誰もきかせるわけでもない。
あえて言うなら自分に言い聞かせるためのもの。
ぎゅっと剣をつかむ。

どのくらいの時が経ったのだろうか。じゃりと砂を踏みしめる音が耳をふるわせて、ガイは顔をあげる。
「ごめんな、遅くなって。あの盗賊たちの引渡しに時間がかかって」
はあはあと息を弾ませたルークがそこにいた。
口唇はわななくだけで、うまく言葉を紡げずにいる。
なんでお前、いつもと同じなんだよ。
ルークだろう。尊大で高慢で高潔な理想とやらを掲げていたルーク様だろう。
使用人に胸ぐらつかまれて罵倒されて、黙っているような男じゃないはずだ。


なあ、お前、誰なんだよ。


なんでお前、……左利きなんだよ。



ひとまず終

ガイ編の後編が書きたくて書いた話なので、ひとまず満足です。あと一話くらいでこの設定の話は終わる予定です

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