10万企画小説 あなたの腕の中で ヴァン視点 前編 ※小話2においてある「あなたの腕の中で」のヴァン視点になります か細い声が私の耳を震わせた。 その言葉はあまりにも想定外のもので、思わず瞠目する。 蒼い瞳が悲しげに揺れ、そしてゆっくり外される。 言葉の意味をはかりかねている私を、彼はどのように受け取ったのか。 力なく頭を垂れ、握りしめた拳は小刻みに震えている。 目の前の青年が、15年前の幼い頃の姿と重なる。 気弱で心優しい彼は、争いを好まぬ性格であった。領主の息子として、彼は姉から厳しくしつけられていた。 『人前で泣いてはなりません。あなたはこの島の住人を統べ、導き、そして守る立場になるのです。常に強くあらねばなりません』 その言葉の一つ一つの重みを、幼い彼は汲み取れはしなかった。 だが、泣いてはいけない、だけは彼なりに遵守しようと努めていた。 ぎゅっと服を掴んだ小さな拳は震え、頭を垂れ、柔らかな唇をきつく噛み締めて彼は耐えていた。 すぐその後に、薔薇色のまろやかな頬を透明の雫が幾筋もぬらす事となっても、小さなその身体は限界まで泣くことを堪えていた。 目の前の青年は、あの頃のように泣くことを必死で堪えている。 愛おしい想いが胸に溢れてくる。 この感情は彼が望むものではないとは承知している。だからといって突き放す事など出来はしない。 まったく呆れ返る。実の伴わないそれは、結局は傷つけるだけだとわかってはいながら、それでも。 「承知した」 纏まらぬ思考より先に口が動いた。 恐る恐るという風に顔をあげた彼の表情に胸の奥が小さく痛む。 「貴公が、いや、ガイラルディア様が望まれるのならば」 続く言葉は定まっておらず、放たれることはなかった。 見上げてくる潤んだ瞳から、つっと一筋雫がこぼれる。 手を伸ばし頬をなぞると、次から次に溢れでた涙が無骨な指を濡らす。 なだめるように、頬に、そして目尻に唇を落とせば、彼は苦しげに眉を潜めながらも素直に享受している。 彼の涙はどうすれば止まるのだろうか。ただそれだけを考え、口唇は様々な場所へ落としていく。 彼が求めるものに一番近く、そして一番遠くにある行為はこうして始まった。 ********* 習慣となった清拭をヴァンは手際よく済ませる。 この一年で幾度となく身体を重ねているが、ガイはこの行為になかなか慣れずにいる。 傷つけぬようにと、ヴァンは時間をじっくりかけ馴染ませている。だがガイは常に辛そうに、何かに耐えるような表情を湛えている。 だがその手は、ヴァンが行為を止める事を許さぬように、ヴァンの腕に縋っている。 途中で意識を飛ばす事は少なくなったが、それでも最後はいつも同じだ。 ふうっと息を吐くと、ガイが目を覚ますまで、報告書に目を通し始める。 先程まで部屋を満たしていた熱が急速に冷えていくのを感じながら、ヴァンの意識はベッドの上で眠るガイに向けられていた。 彼は相反する感情を持て余しているのだろう。精神は柔軟でありながら潔癖なところも持ち合わせている。 あのレプリカによって変容していく自分を認めながら、過去を捨てきれるわけもない。 だからこそ過去の象徴ともいえる私に逃避し、その為にあのような告白をしたのではないか。 彼の決死の告白を軽んじるつもりは毛頭ないが、それでも、あの態度は。 ヴァンの中で幾度も繰り返された自問自答だった。 その時 「んっ…」 吐息が漏れ、小さく身じろぐのをヴァンは見逃さない。 茶の用意をいたしましょう、そう言ってガイに背を向ける。 返事がない事にも慣れてしまった。ガイは情交の後は口数がとんと少なくなる。 ちらりと肩越しに視線をやると、緩慢な動作で身体を起こしている。まだ覚醒しきっていない様子だった。 ぼんやりとした様子で、小さな窓を見上げている。 ヴァンは小さく息を吐く。 彼はいつもそうだ。部屋の扉を開ければ、常と変わらぬ態度で接し、終わってしまえばまるで私が存在しないように、ただただ遠くをじっと見つめている。 彼の意識はすでに私にではなく、小さく切り取られた窓の外にあるのだろう。 いつもの事だ、とうまく流せない自分にも呆れ返る。 衣擦れの音がヴァンの耳に入る。 「折角用意してくれたのに悪いな。雨が降りそうだ」 既に扉のノブにまで手をかけているガイに、ヴァンの中に小さないたずら心が沸き立つ。 「待て」と声をかけ、ガイとの距離を詰める。 腕を伸ばし、ガイのチョーカーに触れる。びくりと身体を僅かに震わせる。 一刻も早く去ろうとするガイの意識を、一瞬でもこちらに向けた事に、胸の奥で小さく笑う。 扉の向こうに消えたガイの気配が遠くなるまで、その場に留まり、それから再び卓へを向かう。 ガイのために用意した茶を飲みながら、再び書類に目を通す。 ふと気づけば、小さな窓を雨が叩いている。 ガイは濡れる前に屋敷についたであろうか、と案じながら、雨はまるで天がこぼす涙のようだ、と柄にもないことを考えた。 ******** それから数日、光の都は雨にぬれていた。 此度のバチカル滞在は、教団支部での執務が多く、上層に赴く事はあまりなかった。 ファブレ公爵家からルークの剣の指南を請う書簡は届いていたが、あいにくの雨続きでそれも叶わない。 明日には副官であるリグレットがこちらに到着する。そうなればガイとの時間も持てるであろう。 風邪などひいてないといいが。 執務室の扉を叩く音で、思索は中断された。 ヴァンは届けられたいくつもの書簡や文書にざっと目を通す。とある送り主の所でヴァンの手は止まる。二人の間で交わされる書簡で使われるガイの偽名である。 真っ先に開いてみれば、珍しくガイの方からの誘いであった。 ベッドの端に腰掛け、「あー、えーっとな」と言い淀む。視線を下げ、がりがりっと短く刈り取った後頭部を掻くと意を決したように言葉を続けた。 「ルークに会いにきてやってくれないか」 思わぬ言葉に、動揺が走り、同時にひどく落胆する。 レプリカのためにわざわざあんな手紙を寄越したのか、と揶揄したくなる。 だがそれは毒の混じった皮肉になりそうなので、胸の中で留めておく事にする。 その旨の書簡はファブレ家から届いているが、時間の都合がつかぬ、とヴァンの言葉に、仕方ないと零すガイは気落ちした様子だ。 「どうした。貴公がしょげた顔をしている」 淡い期待を揶揄で包んだヴァンの言葉に、ガイは困惑したように、掌を口元にあてる。 「いや、ルークが残念がるだろうってな。あいつ、お前がバチカルにいるのに、屋敷に顔を出してくれないから盛大に拗ねてんだ」 「……子守も大変だな」 ガイの言葉に、ヴァンは今度は胸の留めずに皮肉を投げる。 だがその意図は伝わらなかったようで、やれやれと肩をすくめて愚痴をこぼす。 「そう思うなら少しでいいから顔を出してほしいね。あいつの機嫌が良くなれば、俺の仕事が一つ減る」 伝わらぬものだな、とヴァンは胸中で呟き、口元を僅かに綻ばせる。 レプリカは思うように事が運ばない事に腹を立て、拗ねて、そして彼の手を煩わせているのだろう。 そして彼はそれに対し参ったと口にしながらも、あれの世話をやく事に満更でもない顔をしている。しかもその事に本人は気づいてないらしい。 「善処しよう」 ヴァンのその言葉に、ガイはぱっと顔を輝かせる。 「助かるよ」 向けられる笑顔は、私への感謝と、そしてあのレプリカへの。 そう考えると、胸の奥がちりりと痛む。その痛みから目を逸らすように、ヴァンはガイの頬に手を添える。 上体を折り顔を近づけると、ガイはそっと瞼を閉じる。素直に、従順にヴァンの唇を肌で受け入れる。 そこから先、二人の間で言葉は交わされない。 「はあっ…、ンッ…、はっ」 ガイの両脚は力をなくし、シーツの上にだらしなく投げ出されている。 ヴァンの身体を向い合って抱きしめる格好で繋がっている。 ガイの身体は既に限界を迎えており、不規則な痙攣を繰り返している。 ヴァンの肩口に額を摺り寄せ、顔はあげる事はない。 顔を見られるのは恥ずかしい、と最初の交わりでガイが発した言葉に対し、ヴァンは忠実に配慮した。 後背位を主としているが、この体位は身体を密着させながらも縋るようにヴァンの首に腕を回せば、顔をみることは叶わない。 そのためガイが密かに好んでいる事もヴァンは承知している。 彼のペースで事を運べるように、と静観の構えであったが、ガイは濡れた息を吐き出すたびにむき出しの肩は上下している。 「動いてもよろしいか」 ヴァンがそう尋ねれば、擦り寄せているガイの頭が小さく上下するのを確認する。 長い時間をかけて柔らかくした後孔は、ヴァンの怒張を呑み込んでいる。 先程まではガイがゆるゆると腰を揺らめかし、そこからの摩擦を楽しんだ。 とはいえ、緩慢な刺激では出口が一向に見えず、焼け付くような焦燥感だけが募っていく。 更なる苛烈な刺激を欲しながらも、自らはしたなく動く事を躊躇い、限界まで堪えようとするのだ。 それを見越しながらも、ヴァンは余計な口は挟まない。 限界になるまで、ガイに主導を委ねる。 しなやかな筋肉がついた腰に手をかける。ぐっと力を篭めたと同時に、腰を強く突き上げる。 「――――っ!!ひぁッ、あ……あっ……あぁっ」 ちりりと小さな痛みをヴァンは肩に感じる。 長く求めていた強く激しい快楽は、苦痛と紙一重である。ガイは無意識にヴァンの肩に爪をたて、その衝動をやり過ごそうとする。 それでも頑なに顔を俯かせたままだ。 寝台は律動にあわせて、ギシギシと激しく軋む音を立てている。 ガイの理性が蕩けきったのを見計らい、ヴァンの片手がガイの濡れた性器に触れる。 先走りで滑りのよいそれを軽く扱けば、呆気無く吐精する。 「やッ、あ、あっ……、ンッ………」 びくびくと痙攣し、肩を激しく上下させ、ヴァンの肩に置かれていた手が力なく落とされる。 だがヴァンは律動を止めない。ヴァンが達せねばこれは終わらないのだ。そうガイが求めたから。 噛み付くような収縮がきつく根元を締め、中は熱く煽動しうねっている。 激しく突き上げながら、揺れる金糸に顔を寄せる。 汗に濡れ、色を濃くしたそれに唇を寄せる。半ば意識を飛ばしているからこそ出来る事だ。 そうでなければ彼は腕を伸ばしてヴァンを必死で引き離すからだ。 ヴァンも昇りつめようとした時、汗がたまったガイの鎖骨が目に止まり、吸い寄せられるように口を寄せ舐めとる。 ガイの涙を吸うた時のように、塩気が口に広がる。 気づけば痕がつく程に、きつく吸い上げていた。 後編 |