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10万企画小説
あなたの腕の中で ヴァン視点 後編
抜けるような青空に、白い雲がゆっくりと流れている。
一週間ぶりの晴天を迎えたファブレ公爵家は、使用人達もどこか慌ただしげな様子だ。
本来ならば、彼もその輪の中で、忙しく働いでいたであろう。
だが、長雨で閉塞感や鬱屈を募らせていたあの人形が、木刀を振り回す相手として彼を離しはしないだろう。
来訪に驚きと喜びを滲ませるラムダスに
「案内は必要ありません。ルークの普段の様子を見ておきたいのです」
ヴァンはそう告げると、中庭へと足を運ぶ。
中庭に続く扉をあけると、楽しげな二人の姿が目に入る。
ルークはガイの腰に腕を回し何やら嬉しそうに笑っている。
ガイは戸惑いの表情から、やれやれと肩を軽く竦める。逆に何かからかったのだろう。
ルークはさっと表情を変え、ガイの予想通りの反応を示している。
その様子は、ラムダスが眉を顰めるのも致し方ないほどに、主と使用人という枠を超えている。
じゃれあう、という言葉が一番適切だろうか、そう思案するヴァンの姿を、ルークの目が捉えた。
驚きに見開いた目は、次の瞬間には喜びに輝かせる。
「ヴァン師匠ー!!!!」
大きな声で名を呼ぶと、ガイに興味の一片すら失くしたように身体を離し、ヴァンに向かって駆け寄ってくる。
ガイも漸くヴァンの存在に気づいたようで、駆け寄るルークの向こう側で顔だけをヴァンに向ける。
解放されたとばかりに、ふうっと深い息をつき、それから熱心に近況を報告するルークの背へを視線を送る。
向けた眼差しは、優しく柔らかなものであった。
それから漸くヴァンに視線を向け、申し訳なさそうに眉尻を下げながら小さく手を掲げる。
それに気づかぬふりを貫き、目の前のルークの他愛もない会話に熱心に耳を傾けるように振る舞う。
それでいて、ガイの一挙一動に意識を向けている。
己の矛盾を自覚するより先に、ガイが動き始める。
おそらくはルークのためのタオルや水差しを用意するためだろう。
ヴァン達がいる中庭から屋敷へつながる扉は三つある。ガイはヴァンが開けた扉とは、異なる方へと足を運んでいる。
ルークから視線を外し、去りゆくガイの背を追う。

ガイが足をピタリと止め、振り返る。
戸惑いの色を濃く滲ませた蒼の双眸がこちらを見つめている。
何かに衝き動かされるように、ヴァンは小さく口を動かす。「今夜」と。
彼らの距離から、ガイがそれを読み取れれる確率は低かった。だが、ガイは了承するように小さく頷き返してきた。
ヴァンは密やかに安堵し、今度は意識も視線もルークだけに向けた。



剣の稽古を終え、夕食も共にと熱心に請うルークを宥め公爵家を後にしたヴァンは、真っ直ぐに支部へと戻る。
リグレットに人払いを言いつけ、執務室の椅子座り背を預ける。掌を目に翳し、目を瞑ると視界は黒く塗りつぶされる。
本日、約束を取り付けるつもりなどなかったはずだが。言付ける事も何もない、会って何をするつもりなのだ。
己の行動が理解しがたく、ヴァンは困惑していた。
昨日からどうも苛立ちに似た焦燥に駆られ、思考はひどく散漫になっている。
形容しがたい感情が巣食い、正常な判断を鈍らせている。
いや、執務に関してはなんら滞りはない。私らしからぬ行動の起因は全て。
瞼の裏にその人物が映し出されると、ヴァンはふうっと重い息を吐きだし、ゆっくりと目を開ける。
ガイについて考えれば、思考はすぐさま行き詰る。
人形相手には屈託なく笑いながら、愛を告げた私相手には常にどこか苦しげな影を落としている。
彼の行動は不可解ともとれるが、その一方で得心もする。
彼があれに絆されている事も、それを押し隠そうとしている事も明白だ。
そのほうが都合がいい、勝手にあれの命を絶たれては困る、と鷹揚に構えていられたのはいつまでだったか。
あれ相手にだけ見せる歳相応の表情に、穏やかに刻む心の臓が、一瞬圧迫し息苦しさすら覚える。
不明瞭な感情を持て余すヴァンは、窓の向こうの夕闇を見つめ、静かに席を立つ。
約束の時間には早いが、此処も居心地の悪さを感じる。
部屋を出ようとしたヴァンの目にある物が留まる。
彼も飲酒もできる年齢でもあるし、酒が進めば色々語り合う事もでてくるであろう、と考え酒瓶を手に取る。
部屋の外で控えていたリグレットに、今夜は少し遅くなる事を伝える。
ガイも遅く付き合わせるやもしれんと考え、それに併せて、宵に差し掛かった頃に公爵家に伝令を送るようにも指示しておく。
常に先を読むヴァンの周到さは、この場でも発揮されたが、それが後に小さな誤解を招くことにもなる。


物事は思い通りには運ばないものだ、とヴァンは密かに嘆息する。
酒でも、と勧めてみたが、ガイは「明日も仕事だから遠慮しておくよ」とすげなく断られた。
今日呼び出した理由は?と言いたげなガイの視線を受け、ヴァンは暫し考えこむ。
彼を呼び出した理由は己でもわかっておらず、だが何かを彼に突きつけたい想いもある。
愚鈍な思考に苛立ちを覚え、ヴァンは眉間の皺を深く刻む。
「どうした、難しい顔をして」とくだけた様子でガイは話しかける。
「貴公は」
咄嗟に口をついて出た言葉に、驚き、そしてそれ以上言葉を紡げないでいる。
ガイは続かない言葉の先を促さずに、話を変えてくる。
「今日は本当に助かった。お前のおかげでルークはあれから何をするにも上機嫌でね」
またあの人形か、と盛大に舌打ちをしたくなる衝動をヴァンは抑える。
だが、深い蒼の瞳は険を帯びている。
一気に下降したヴァンの機嫌を察したガイが、気遣わしげに謝ってくる。
「もしかして、忙しいのにムリをさせちまったか?悪かったな」
またあれのためにあなたが頭を下げるか、とヴァンの苛立ちは加速する。
ああ、そうだ。あなたはあれの為なら、めったに出さぬ手紙を寄越し、あれの為に私に乞い、そしてあれのために礼を述べ頭を下げる。
あなたが私に気持ちを告げてから一年。常に私に壁をつくり、そこから踏み込むことを厭うのに、私にすがってくる。
身体が離れてしまえば、おいてきた何かに心寄せ、私の方を一顧だにせぬくせに。
「貴公が謝ることではない。だが」
一度言葉を切る。これ以上踏み込めば何かが終わる。だがその躊躇いは、濁流のように押し寄せた感情に呆気無く流される。
「貴公の行動はいささか軽率ではないか」
適切な言葉は他にあったのかもしれない。それに詰るような物言いは、相手を逆撫でするだけである。
実際、ガイはきょとんとした顔で「は?」と言葉を漏らし、それからあれよあれよという間に空色の瞳を険しくさせる。二人の間には剣呑な空気が漂いはじめた。
いつになく感情的なヴァンは、客観性を大いに欠けさせていた。
ほら、図星ではないか、と子どもじみた事まで考える始末であった。


苛立ちを帯びたガイの言葉をヴァンは遮る。
「貴公は。……まだ、あの言葉を私に告げれるか」
衝動のままに言葉にし、すぐさま後悔する。だが撤回すら出来ずにもいる。
私を思う気持ちがないのならば、ここで切り捨てるがいい。
そう突きつけてみたものの、否と言われれば、苦い感情が胸を押し潰さんとするだろう。
この葛藤はどうして沸き上がってくるのだ。どのような答えを私は求めているのだ。
混沌とする感情の出口が見当たらず、ヴァンは戸惑い、混乱する。
「一年前、貴公が私にした告白だ」
そう告げれば、ガイは頬を一瞬で染める。若干声を上擦らせながら言葉を紡ぐ。
「あ、あのなあ、今、その話は関係な」
関係はある。
そうきっぱりと告げた時に、ヴァンの脳裏で全ての点が結びつく。

この想いは、幼き彼の面影を重ねた憐憫でも同情でもなく。
今、目の前に立つガイラルディア・ガラン・ガルディオスにだけに向ける感情は。
「あの言葉を、もう一度私に告げてくれれば。そうしてさえくれれば、定まらぬままに混沌とした想いが、形をなして名を持つのだ」
心を震わせるあの言葉を、もう一度。あの時と変わらずに告げてくれるならば。
その言葉にガイは、一瞬、虚を衝かれた表情をみせる。
だが唇と声を震えさせながらも、ヴァンの瞳を見据えて想いを告げる。
「俺は……。ヴァン、お前のことが、……好き、なんだ」
あの時と寸分違わぬ言葉が耳を震わせる。だが、あの時とは違い純粋に心は歓喜に震える。
「親愛の、情ではなく、お前のことが」
ガイの告白は、足がたたらを踏んだ事で呑み込まれる。
ヴァンが明確な意志をもってガイの肩を押し、背後にあったベッドにそのまま倒おす。
ガイは驚きや抗議の声をあげる暇はなかった。
ヴァンが食らうような口づけをすると、組み敷いたガイの身体がびくりと跳ねる。
口内を余す所なく舐め、奥に引っ込んだ舌を絡め吸い上げ、味わい尽くす。
「…んっ……っ…」
破らぬように注意を払いながらも、やや乱暴な手つきでガイの衣服を剥ぎ取ろうとする。
濃厚なくちづけに翻弄されていたガイも、シャツのボタンを全て外され、肌が外気に触れれば、理性が戻ってくる。
息継ぎのために一度離れた唇がまた寄せられようとした時、手を伸ばしてそれを遮る。
「お、おまえ、ふざけるなよ!昨日も、……や、やっただろ」
ガイの必死な形相を見下ろしながら、ヴァンは真顔で言葉を返す。
「ですが私は、今、貴方が欲しいのです。心も身体も全てが欲しい。
……それは許されませんか、ガイラルディア様」
熱い眼差しと共に放たれた言葉に、ガイは、う、と言葉に詰まる。
視線をヴァンから外し、虚空に漂わせながら小さくつぶやく。卑怯だな、お前は、と。



******


抑えがきかぬ。
「あっ、あ……ッ……ひ……あぁあ」
組み敷いた身体が、また跳ねる。
昨夜、開いた身体は熱く柔らかく、だがきつく締め上げる。
ゆっくりを腰をひき、そして激しく突き上げる。緩急をつけた律動に、ガイは再び高められる。
顔を隠そうとするガイの腕をヴァンが掴み、シーツの上に押さえつける。
右手は、声を塞ぐため、左手は顔を隠そうとしたため。ガイの手は、ヴァンにより自由がきかなくなっている。
目を伏せて顔を片側に背けようとすれば、上体を折ったヴァンの口が、無防備にさらされた首筋に寄せられる。
舐め、きつく吸われ、軽く歯を立ててくる。
表面を羽がなぞるような穏やかな愛撫しか受けた事のない身体は、内を貫く熱と、苛烈な刺激の猛々しさに翻弄される。
「声も顔も隠さないでいただきたい。
淫蕩に濡れたそれらを私だけにお見せください」
甘い低音が耳を震わせる。快楽に朦朧としているガイは素直に小さく頷き、真正面からヴァンを見上げる。
涙で濡れた蒼い双眸、はあはあ、と絶えなく熱い息を吐き、その合間に堪えきれずに愛らしい声で喘ぐ。
私のもの、だと。私だけが知る彼なのだ、と。
子供じみた独占欲が満たされ、少しばかりヴァンの獣性が収まりをみせる。
だが。
互いの肌がつくまで押しこめば「や、あ、あっ」と甘く嬌声が耳を震わせ、再び淫らな衝動が沸き立つ。
熱く狭い内部を己が熱で蹂躙し征服し、喰らい尽くしたいという獣じみた衝動。
抑えがきかぬ。
何度この言葉が過ぎっただろうか。
内部の痼を突き擦るように激しく律動をすれば、悦楽に蕩けて見上げてくる彼をみれば、すぐさま流されてしまう。
愛らしく、愛おしく、そして何にも代え難い程に私の心を掴んで離そうとはしない。
ぐっと最奥を抉れば「あぁぁああっ」と一層高い声をあげて、根元をきつく締め上げる。
内部が煽動し、ヴァンの剛直を熱く擦り上げる。
は、は、と息も整わぬ様子で、全身はびくびくと痙攣をしている。
粘液に濡れた腹に唇を寄せ、それらを掬い舐めれば「や、め…」と弱々しい声があがる。
苦いのにそれはまるで甘露のようで、胸にまで飛んだ精液を舐めれば
「たの、む、から…」と泣きそうな声でガイは嘆願してくる。
熱に溺れた濡れた双眸で乞うてくるその表情に、またヴァンの理性の糸が一つきれた。



*******


ゆっくりと瞼を押し上げたガイは、まだ薄ぼんやりしているようで、「なぜお前がここに」と言いたげな目を向けてくる。
甘い言葉を漏らすわけではなく、時を尋ねてくる。その素っ気ない目覚めの言葉に、ヴァンは見よがしなため息をつく。
だが彼の今の立場を考えれば仕方のない事ではある、と自分を納得させる。
伝令を出した旨を話せば、途端に意識を覚醒させ、不愉快そうに顔を顰め、こちらを睨んでくる。
ガイの機嫌が傾いた原因がわからず、ヴァンは困惑する。
苦しげに顔を歪ませながら身体を起こそうとするガイを、慌ててヴァンは制止する。
「今身体を動かすのは得策ではない。ほら、横になるといい」
ガイは動きを止め、じっとヴァンを見下ろす。眉根は寄せられ、変わらず眼差しは険しい。
腕の中にあった温もりが去ろうとしている事に、途轍もない寂しさをヴァンは覚える。
少しだけ身体を起こした体勢で何やら考えていたガイは、ふっとため息を吐く。そして、ゆっくりヴァンの胸に倒れこんでくる。
仕方ないな、と言いたげな空気を纏いながら、ガイの手がヴァンの背に回される。
抱きしめ、抱きしめ返される。確かな幸せは腕の中にある。
じわりと伝わる熱にこの上ない僥倖を感じ、ヴァンは穏やかな笑みをそっと浮かべた。



匿名様からいただいた『あなたの腕の中で』のヴァン視点でした。
ヴァン師匠は朴念仁だといいなあ、とおもいます。
ガイもヴァンも人の心の機微に聡いのに、肝心なところがすっぽり抜けてて、そのせいで色々行き違いが発生すると可愛いなあとも思います。
そんな風な事を考えていたら、かなり好き勝手に書いてしまった気がします。
ヴァン師匠はこんなに度量の狭い男じゃなくてよ!と書きながら自分にツッコミいれておりました。
色々と楽しく書かせていただきました。ありがとうございます。
そして色々遅くなってしまって申し訳ございません


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