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鮫の居ぬ間にちょっとした一時







チリンチリン…………。


私はいつものように、ゆっくりと店のドアを開く。適度な重さが腕に掛かった。
この本屋、『Utopia (ユートピア)』のドアを開けると必ず鈴が鳴るようになっている。何でも満さんが提案して通った案らしい。私はこれをかなり気にいっている。
入ったらすぐに満さんの姿が目に入った。



「お、ハルヒちゃんじゃないか」


「満さん。お久し振りです」


「今日も何かお探しで?」


「ええ。それとちょっと世間話に花を咲かせたいなって」


「勿論。今回は久し振りだねえ」



はっはっは、と景気良く笑う満さん。私はそれに苦笑いで答えた。



「そうだハルヒちゃん。そういえば最近佐紀の奴見てないか?全然顔も見せに来ないんだ」


「佐紀ですか?…………そういえば最近、全然音沙汰もないですね」


「そうか…………ハルヒちゃんのとこもか……全く、どこをほっついているんだか」


「佐紀ならまたひょっこり現れますよ」



佐紀は私の幼なじみであり親友。今のところ最も分かり合えている他人と言えるだろう。佐紀には放浪癖があるからなかなか居場所を掴めない。たまに手紙が送られたりする(何故かメールではない)
そして遅れたが、目の前の人物のこの三十路を過ぎたであろうこのおじさん。この人は佐紀の叔父にあたる人であり、私たち二人のよき理解者である。
私の御用達のこの本屋を経営している。



「今日はどんな本をお探しで?」


「あー、今日はイタリアのことについて」


「なら二階だね」


「毎回レファレンスありがとうございます」


「なんの。ハルヒちゃんと話せると思えばお安いご用さ」



レジ横のエスカレーターで二階にゆっくりと上がっていく。 今日は平日で、しかも昼前なので人も少ない。話し込むには絶好の機会だとこっそり口の端を少し上げた。
親より話しやすい満さんと話し込めると思うと思わず顔がにやける。



二階に辿り着く。上がってすぐに目の前には本の棚がずらりと並んでおり、ゆっくりと回りたくなる衝動を押さえ込む。ここの貯蔵量は半端じゃない。ゆっくり回っていたらきりがなくなる。



「えーっと…………イタリアの、なんの事を調べたいんだい?」


「そうですね…………。一昔のイタリアが舞台の話なんで、その時の生活とか情勢とかあればその時の風景とかあると助かります」


「あー、じゃあ一冊じゃ収まらないな」


「大丈夫、元からそのつもりです」



イタリアのことについて語られている本棚の前につく。そこには題材になりそうな本がズラリと並んでいる。

ここは他の本屋とは少し売り方を変えている。ここの本棚にあるのは所謂見本用。全てではないが内容の一部が見れるようになっている様になっている。
売り物の本は別の書庫に保存されていて、本のところにおいてあるプラスチックのプレートを会計のとき差し出せば新品の紙誌が貰える、と言うわけだ。
一見効率の悪いやり方に見えるが…………以外とこれが客に評判が良いらしい。買うときに本の表紙が織れたりビニールが破れていたり開きぐせが付いている、何てことはないし、一部でも中身を見ることが出来るので本を買うのに失敗をすることがまずない。それは他の人から見ればそんなこと、と思われるかもしれないが、少なくとも私はものすごく活用させていただいている。執筆活動のための資料探しにはうってつけの店なのだ。



「私…………一度ここに来たらもう他の本屋さんに行けなくなりましたよ」


「そりゃあありがたい。これからもご贔屓に頼むよ」


「勿論。こちらも思う存分活用させてもらいます」



棚に置いてあるイタリアに関する本に目移りしながら私は満さんに微笑んだ。















の居ぬ間にちょっとした一時




(あ。鮫の本がある)


(…………それも資料に必要なのかい?)






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あきゅろす。
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