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ショートコント3
2010年度ニュー・イヤー




 今年最後の日がやって来て、ポーラもカレンダーの世界に帰っていってしまった。
 ポーラとは僕の部屋のカレンダーに住む北極グマで、サイモンの友人だ。12月の絵のなかに住んでいる。彼女もサイモンとおなじく、太った猫ほどの大きさしかない。しかし彼女は上品で周りによく気がつき、とても心やさしいひと(北極グマ)だった。実のところ、ぼくはひそかに、このとびきりすばらしい淑女な彼女に好意を寄せていたのだ。

「じゃあまた」と言ってポーラはカレンダーのなかに戻ってしまった。
 ぼくは彼女が帰ったあとも、しばらくただの絵になってしまった彼女をぼんやりと眺めつづけていた。つぶらな瞳、長いまつげ、なにかに対しての礼儀程度にだけくちびるに載せられたルージュ。首元には、上品な淡麗パール。

 たまらなくなって、ぼくは一思いにカレンダーを壁から引きちぎるようにして剥がした。
 剥がしたカレンダーの裏には、それの大きさ分だけの四角い穴がぽっかりと口をあけていた。

 ――穴?

 深い穴だった。
 穴? だってぼくの家は古びたアパートで、この壁の向こうでは、あまり口も聞いたこともない隣人が僕とはべつの生活を営んでいるはずなのだ。
 穴からは、白くやわらかい光がこぼれていた。あたたかな風が吹き、ぼくの頬を撫でた。かすかに何者かたちの笑い声や陽気な話し声が聞こえた。ぼくは考えることをやめた。そして一息にその穴に潜り込んだ。



 *



 穴を抜けると、やわらかい「もや」のようなものが、床を覆っていた。つめたくはない。むしろそれはとても心地よく、ぼくの二本の足を包んでいた。
 ぼくはおそるおそる、「もや」のなかをすすむ。その「もや」のせいで、見通しがひどく悪く、臆病もののぼくは両手を腰にあて、押してやるようにして一歩一歩こわごわすすんだ(ぼんやりしていると、腰がうしろに引けて、うまく歩けなくなってしまうのだ)。

 一歩、一歩……

 光の場所に近づくにつれ、ぼくは自分の鼓動がどんどんはやくなっていくことに気づいた。何者かたちの話し声や笑い声。それらがだんだん大きくなる。どくんどくん。どんどんはやくなる。加速していく。
 それらは、どれもが聞きおぼえのある声だった。

 ――もしかして。まさか……

 ぼくは、ドアをくぐった。



→つづく。



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あきゅろす。
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