ショートコント3
2010年度ニュー・イヤー3
「たくさん食べなさいよ」とポーラが料理を皿に取り分けてくれる。サイモンがいちごラテを持ってきてくれた。
ぼくはうなずいた。「今夜は思いっきりはしゃぐよ」
これでお別れなんだと思うと、すこしでも気を抜いてしまえば泣きだしそうになった。だけど泣いている場合ではない。楽しいパーティーだ。なにしろ忘年会と新年会とお別れ会がいちどにやって来たパーティーなのだから。泣いている暇なんてない。そんなのもったいなさすぎる。
だれかがワインを持ってきた。未成年だからと断ると、「無礼講だ」となおすすめられた。ならといただく。口に含むと深みのある赤い液体がぼくの舌にからみつく。芳醇な匂いと甘味で、意識がとろり、とした。
一気にあおると、「いける口だねえ」と赤やら青やらけばけばしい色をしたトサカの鳥が、もう一杯ついでくれた。ぼくは楽しくなってしまい、つぎからつぎへと喉に流し込んだ。
空気がふにゃふにゃとやわらくなりだした。
しまいにぼくは立っていられなくなった。絨毯までもが宙にふわふわと漂いはじめた。みんなのすがたも、陽炎のようにゆらゆら揺れている。
気持ちいい。
意識だけがひとり歩きするなかで、愛しいポーラの声が聞こえる。
ぼくを呼んでいる。
『お別れの時間よ』と彼女はささやいた。深い洞窟の入口から語りかけているような、そんな風な声。
『さよならよ。悲しいけれど、いつかきっとかならずまた会えるわ』
ポーラのすがたが見えない。みんなのすがたも見えない。サイモンもカエルくんもゴンゾーも、みんな、みんな。とつぜん明かりが消えたように辺りが闇につつまれる。音楽は止み、冷たい風が一気にながれ込む。ぼくはふるえていた。ここはどこだろう?
『あなたに会えてよかったわ』
ポーラ、とぼくはさけぼうとした。けれど舌がゆらゆらと揺れて、うまく発声できない。
まって。
『さようなら、やさしいあなた』
まってくれよ。お願いだから……
『仲間に、あなたのことを頼んでおいたわ。よろしく伝えてね』
いかないで――
*
目覚めると、ぼくは自分の部屋のベッドのうえで横になっていた。 ――夢? 部屋の時計は、午前0時をすこし過ぎただけのところを指している。ぼくは落胆して、額を片手で覆った。数分間しか眠らなかったせいか、頭のなかででかい音ががんがんとする。
けれど、視界がゆったりとぐるぐる回転しているのを見つけ、ぼくは口のなかにまだワインの風味がかすかに残っているのに気がついた。
夢、じゃない?
そのとき、なにかが動いた。視界の端でなにかがごそごそしている。
「ポーラ!」ぼくはあわてて飛び起きた。ポーラか? あのままお別れなんて、やっぱりぼくは嫌だよ……
部屋の隅にいたもの「たち」が、ぼくのあまりの剣幕に萎縮してしまったようにちいさく固まった。
それは、貼るのをわすれていた2010年の1月の絵のなかに住む、ペンギンの家族だった。
Fin.
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