小説2 (鬼×神と人のハーフ) 完結
6
「白神山か…」
主夜はちらりと頭の中に地図を思い浮かべる。
「今から出発しても、そちらに着くのは夕方になるが…」
「ご心配なく。今回は特別だと言ったでしょう。鏡道を使うことが許されていますの。わたくしの鏡を開いておきますわ」
「わかった。すぐに行く」
「お願いします。星を連れていらしてね」
唐突に、水盤の中が真っ暗になった。
「お出かけですか?主夜さま」
いつの間に来たのか、後ろに使役鬼の麻(あさ)が立っていた。
「ああ。2〜3時間、留守にする」
「では、きちんとした服装をなさいませ」
麻にそう言われて、主夜は自分の着ているものを見下ろした。
ジーンズに、何の飾りもない白いシャツだ。
「桃子のところに行くだけだぞ?知らない仲ではないし、いまさら改まらなくても…」
「何をおっしゃいます。主夜さまはご自分の事に無頓着すぎますよ。麻が産湯を使わせていただいてから500年、それはそれは美しく、立派にお育ちになったのに、着るものといったらジーンズにシャツだけ。そんなご様子では、いくらなんでも女性に愛想をつかされてしまいます。だいたい、つい50年前も…」
「わかった、わかったから、麻。すぐに着替える。約束する」
延々と説教を続けそうな麻をさえぎって、主夜は寝室へと逃げ込んだ。
麻は主夜の母親が、月山からこの戸隠に嫁いでくるときに、母親に付いてきた使役鬼だ。
昔はほっそりとしていたらしいが、今は小さくて丸っこい体つきに糊の効いたエプロンと、どこからどう見ても絵に描いたような立派な家政婦である。
主夜が生まれてからずっと、主夜付の使役鬼として身の回りの世話をしてくれているのだ。
この世で頭の上がらない者の名を挙げよと言われたら、主夜は間違いなく母親と麻の名を答えるだろう。
〜〜〜〜〜〜〜
鏡道は、その名のとおり鏡と鏡をつなぐ道だ。
鏡のあるところならば、世界中どこへでも行ける便利な代物である。
ある程度、気の力を持っている者なら、種族を問わず誰にでも使える。
鏡道の欠点といえば、道に迷いやすい事だろうか。
鏡の中の道は複雑に入り組み、過去と現在が同居している。
存在する鏡の数が多すぎるのだ。
この世において圧倒的に数の多い人間たちは、家の中に幾つもの鏡を置き、手鏡まで持ち歩く。
鏡の数は増えることはあっても、減ることはない。
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