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短編小説対決
四月十四日
私は木と金属のぶつかる音で目覚めた。
音源に目を遣ると、教室の前方で他者の背中が机に当たっている。努めて平静を保とうとしているが、その表情は驚愕を隠し切れていない。視線は教卓の背後に注がれていた。私はある程度の覚悟をしてその他者の近くに回り、視線を辿る。
 案の定、そこには腐敗の進んだ教師の死体があった。
ただ、その表面は見るに絶えず、おぞましい。
白い皮膚が波打っているように見えた。蛆が露出した肢体をびっしりと被っている。そして各々が足の無い体を蠕動させ、所狭しとのたくっているのだった。
 慌てて目を逸らした。しかし足に力を入れ、先程の他者のような醜態だけは見せまいとした。それに最低限、状態を見極める必要がある。直に映像が目に飛び込むのを避け、視界を薄く絞りながら開く。
 白い。足が無い。頭の方へ細まっている。イエバエの一種の幼虫だろう。量から察するに、幼虫を産み付けるタイプでは無い。そう仮定するならば、産み付けられてからかなり時間が経っているはずだ。
 私の後ろには、同じく状況を確認しに来た他者たちがいた。あからさまに顔を顰める者や、ちらちらと光景を盗み見る者がいる。皆この状況を憂慮しているに違いない。私と他者たちは二日ぶりに言葉を交わし、今後の死体の対処を決める事にした。
ハエの成長は速い。
成虫になられたら困る。
精神衛生を著しく阻害する。
蛆の宿主である死体は意識からだけでなく、この空間からも排除しなくてはならない。
これが皆の共通した見解だった。しかし、処分の方法については議論が滞った。
教室には死体程大きい物を密閉する装置が無い。
掃除ロッカーも、清掃の役を生徒に課さないこの学校には無かった。
生存者が脱出出来ないこの状況で、死者なら尚更外に出す事も出来ない。
廃棄物投入口は二十センチ四方しか無い。
どの案も、死体の大きさが一番のネックとなっていた。
 しかしある他者が画期的な案を思い付いた。その案は満場一致で賛同され、すぐに行動に移された。

 一時間後、死体は廃棄物ダクトに入れられた。まだ蛆は羽化していない。サイズの問題も既に解決済みである。
作業は大変だったが、その甲斐はあった。死体から私は解放されたのである。安堵と、仕事を終えた後の充足感が胸に込み上げた。
作業は単純なものだった。防災準備ロッカーから残ったブルーシートとのこぎりを取り出す。ブルーシートを死体に被せる。それ越しにのこぎりで死体を切断する。作業は慎重に行う。歯に引っ掛かった蛆が手前に飛ばされては冗談にならないからだ。あえてチェーンソーを選ばなかったのもそれが理由である。切る場所は首、両肩、胴体を縦に中央。死体は十五センチ四方、奥行きまちまちの直方体数個になっていた。それをシャベルで別のブルーシートに移し、廃棄物投入口に運ぶ。
完璧で簡単。
死体をバラバラにしてはいけない。そのように些細な固定観念に縛られていて、効率的な問題の解決に支障が出ていたのだ。
もっと常識や良心から自由にならないといけない。
自縄自縛ほど非効率的なものは無い。
狭くて。
息苦しくて。
気味悪くて。
他者達に囲まれて。
そんな状況に何日も閉じ込められて。
手段も選べ、などとは誰も強要出来ない。出来る訳が無かった。
私はカルネアデスの板を守り切ったに過ぎない。板に縋り寄る他者を沈めなければ、自分が沈んでしまう。これは刑法三十七条の「緊急避難」に該当する。
死者に生存者を縛る権利など無いのである。

私は安眠した。無論、食料のストックなどまだ問題はあった。だが、それよりも表面的な問題が片付いたのだ。そしてこれからも、片付いていくに違いない。皆、今日の一件で「するべき事」が決まったのである。

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