[携帯モード] [URL送信]

ポータブルラジオ奇想曲(くれとー)完

「別に」
 自分から少女に干渉してしまった以上、多少のことは答えるつもりはあった。
「いつもなら雨の日には絶対来ないのに、どうして来たの?」
「…………」
 逡巡してから、そういえばこの少女は伯父に治療されていたのだと思い出した。
きっと伯父の態度から何か感じ取っているだろうから、話しても問題あるまい。
「あの人に会いたくなかった」
「……それは、悪いことをしたわ」
 顔を曇らせる少女の懸念を、僕は切り捨てた。
「僕はあの人と気まずくならなければいいんだ。そういう意味でも怪我人のあんたを連れ込んだことは正解だったかな」
 目の前で騒動が起きていれば、深刻でも長年にわたっている恒久的な問題は一時的にだが忘れられる。少女の負傷は僕の隠れ蓑になって、ちょうどよかった。
 僕の言葉に、少女は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「勝手なことを言うようで悪いけど、私にはあの人を避けるという気持ちがよくわからないわ。素敵な伯父さんなのに」
「確かに世間一般でいういい人だろうな」
 僕は皮肉を込めて同意する。
「お人よしで、人情にあふれていて。けれど、世間で異常と呼ばれるものに対しては、本人の望みを聞こうともせず問答無用で『正常』に修正しようとする。いい迷惑だというのに」
 少女ははっとしたように僕の顔を凝視した。
「やっぱり、あの時言ってたのは本当の……」
「生まれつきではなかったけど、僕が他人と比べて精神疾患とも呼ぶべきものを持っているのは確かだろう。僕は、ニュースで流される他人の不幸に依存してる。けど、別に生きていくのには問題がない。現に、僕が気が触れたようには見えないだろ」
「……ええ」
 少女は呆然としながらも答えた。他人の不幸に依存、という言葉に衝撃を受けたようだった。
しかし、僕はそれぐらいの反応は慣れている。むしろ少女の反応はまだましな方だ。
それよりも僕は、僕がこれ以上口を開いたらさらに深い事情までも少女にさらけ出してしまうかもしれないということを危惧していた。弾みがついた舌が、止まらない。
少女の奇妙なフェアプレー精神に賛同する訳ではなかったが、僕はもしかしたらどこか僕に似ているこの少女に僕の抱えている希望を話したらどういう反応が返ってくるか、知りたかったのかもしれない。
「他人の不幸に浸かっていないと、安心できない。ある日唐突にそうなった。僕が一人で遊びにいっていた日に、僕以外の家族が強盗に押し入られて殺されたときから。もしかしたら、そのときのことを忘れないために僕は不幸を求めているもかもしれない」
 言っていて、ふと気がついた。僕が少女を助けたのは、何よりも僕自身が目の前でこの少女が死ぬのが耐えられなかったからかもしれない。
 今度は少女が絶句していた。常に柔和な表情の浮かんでいた顔が取り繕うのを忘れたように無防備になっている。
この後、少女が言う言葉は何だろう。精神病院にでも行けというだろうか。見当違いの心配と哀れみで僕を慰めようとするだろうか。気味悪がって避けるだろうか。どれにせよ、それで少女との縁も切れるというものだ。
 だが、少女は表情の消えた顔のまま、絞り出すようではあったが淡々と吐き出した。
「お互い、苦労してるわね」
 想定していなかった言葉。だが、悪くはない。
 やはり、僕と少女は似ていると思った。彼女は歪んだ関係により歪みを受けていて、僕は奪われたことにより歪みを受けた。
差異はあれど、けれど少女は僕と似ているのだ。
 答えを返す代わりに、僕はニュースに目をやる。無言のまま唇を少しだけつり上げた。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!