ポータブルラジオ奇想曲(くれとー)完 十 ポータブルラジオがささやいている。地面が蓄えた熱気にあぶられながら、うっすらと目を開く。 つややかな黒い髪とたなびく白い煙が視界に映った。 「隣、座ってるわよ」 いつの間にか我が物顔で隣に座っている少女に無感動な目を向けてから、僕は空に視線を転じた。 ふわりと煙草が香って、少女の高い声が屋上に響く。 「やっぱりまだ青い空は嫌いなの?」 「ああ、嫌いだ」 「名前が泣くでしょう、そんなに嫌われては」 「知らないさ」 少女は自傷癖を明かしてからも、ただ淡々といつもの不思議な距離感でこの屋上に来ていた。 僕もまた、昔の思い出したくない過去を少女相手に語った後も何ら変わりない態度でここにいた。 理解者を得たとしても、僕達は傷を舐めあうつもりはなかったのだ。それを双方が無意識に感じ取って、何を知らないフリを演じ続けている。 ただ、その屋上には、相も変わらず目を覆いたくなるような悲惨な現実や涙ぐまずにいられない悲劇、ほんの少しの輝かしい幸せや怒りや憎しみやそねみやおかしみがいかなる時も渦巻き溢れている世の中の片隅で、その渦に巻きこまれず淡々と生きている、僕らがいる。それで十分だった。 ポータブルラジオの旋律と傍らの少女とともに、また日の光に満ちる屋上での時は過ぎてくのだろう。今日も、空は青い。 END [*前へ] [戻る] |