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蛍舞う(蒼緋)完
七月一日
 お月見の季節が過ぎ、クリスマスが過ぎ、年が明け、桜の季節が過ぎて。七月が、近づいてくる。七夕が、あの蛍狩りが、近づいてくる。また今年もその日に彼女に会えると思うと、心の臓がふわりと宙に浮くような感じがして、鼓動がうるさい。七月七日が楽しみだった。また彼女のそばにいてやれる、護ってやれる。それだけで十分だった。
 十分だった、のに。
 あの日。七月一日。唐突に彼女は、ほたるは死んだ。俺を、残して。信号無視をしたトラックに突っ込まれたらしい。病院から連絡があって駆けつけたときにはもう、彼女は息絶えていた。医者は申し訳なさそうに首を振って即死だったと告げた。
 世界がぐわんぐわんと歪む。魚眼レンズでも覗いて画像加工したかのように全ての物体、空間が歪み、ぐるぐると回る。音も歪んで、医者の声が膨張して聞こえるような、そんな感覚。自分に密接に関係しているはずなのに、額縁に収まった絵画のワンシーンのように、自分とは切り離したように見えるような。
「ほたる」
 彼女の、名を呼ぶ。
 返事はない。
「ほたる……」
 血の気が失せていつもに増して白い顔は眠っているようだった。名前を呼ぶ。話しかける。嘘だろ? と努めて明るく、冗談だろ? と問いかける。俺の声に何の反応も示さない。笑いかけてもくれない。
 そりゃあ当然だ。
 彼女はもう――死ンデイルンダカラ。
 涙が出ない。
 彼女の顔はあんな惨劇がなかったかのように相変わらずきれいなまま。だけれど多分、無事だったのは顔だけで、首より下はぐちゃぐちゃになっているんだろう。ただただ白く、消毒液の匂いだけがやたらと鼻をつく遺体安置室の中。白い布に覆われた彼女。白い、彼女。こんなに傍にいるのに、絶対的に届かない距離。彼女が、遠い。彼女はもはや、ただの肉塊になってしまったのだと、まるで他人事のように思った。

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