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蛍舞う(蒼緋)完

「また来年の七夕も、ここで会いましょう」
 絶対、絶対よ。そう言った彼女は、幻想的な夜光に包まれながら、俺に笑いかけた。
 あの、蛍のような儚い笑みで。



蛍舞う



 彼女に俺が初めて会ったのは、とある七夕の夜だった。月のない夜。毎年七夕に近所の河原で行われる蛍狩りのイベントに参加していた俺は、そこで後の恋人となる彼女に会ったのだ。あまりに陳腐な表現をするなら、「運命の出会い」。そう呼んで、差支えないと俺は思う。
 流れるような漆黒の長い髪、真珠のように白い肌、くりくりとした大きな瞳。ざわり、と風が吹く。生温い夜気が肌を撫でる。ふわりふわりと、俺と彼女を取り巻くように、蛍が残像を残して飛んでいく。心臓が大きく鼓動を刻む。焼けつくような感覚が、俺を満たす。飛び交う蛍の光の中で見た彼女はそれほどまでに息を呑むほど美しくて、俺は一目惚れをした。
 彼女の名は、「ほたる」というのだそうだ。ひらがなで、ほたる。妙な名前だと思ったが、彼女の笑顔を見てそれも納得した。それこそまさに蛍のような、あまりに儚い笑顔。どこか淋しげな陰のある、強烈に頭に焼きつく、そんな顔をする。もしかしたら彼女はそれほど美人なわけでもなかったのかもしれない。だが、俺の中にはその苦しそうな儚い笑顔を貼り付けた、目を逸らせない美しさと色気を漂わせた彼女しか記憶にないのだ。どんなに彼女が過去の存在として思い出の一つになっても、その笑顔だけは脳髄にこびりついて消えない。なぜ、彼女がそんな笑顔をしたのか、俺は最後までついぞ考えることはなかった。その笑顔の裏に彼女は何かを抱えていたのかもしれないと思うと、それに気付けなかった自分の愚かしさに吐き気すら覚えるほどだ。それほどまでに、強烈に鮮烈に、ほたるは俺の中に居座っている。
 あの時、自分と同じ名前の虫を楽しげに追いかける彼女は、目を逸らせば消えてしまいそうな、そんな危うささえ感じられた。この目を逸らしてはいけない、この手を放してはいけない。強く強く、そう思った。
「――来年も、会いたい」
「……え?」
「また来年の七夕も、ここで会いましょう」
(あぁ、愛しい)
 頬を赤く染めて、確かにそう言った彼女。透き通るような、鈴のような声で小さく、けれど確かな意志を持って。そんな彼女を、俺はそばにいて護ってやりたいと思った。

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