[携帯モード] [URL送信]

火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第六章:途絶えた二つの足跡
 部屋の中は薄暗いが澄んだ冷たい空気で満ちている。彼はこの場所が一番好きだった。壁沿いには書棚がずらりと並び、書物が隙間無く、詰め込まれたように入っていた。まだ幼い彼は自分の手の届く高さにある文献の一つに手を延ばす。だがこの高さに並んでいる本は殆ど読み尽くしてしまった。
 「君にはまだ早いよ」
 大人がそう言って微笑み、彼の手から本を取って棚に戻そうとしたのはもう昔のことだ。
 今はそんなことをする者はいない……彼は周りのどの大人よりも知識を得て、賢くなっていた。それと同時に、子供らしい屈託のない笑顔も失っていた。彼の瞳の色は深みを帯び、常に他の人には見えていない何かを見据えていた。
 世界の掟について、常人では考え付かない何かを考えていた。
 そして彼は、外に出て力比べをしても誰にも負けなかった。この小さな体のどこにそんな力が秘められているのだろうか、と度々言われた、しかし彼にそんなつもりは無かった。普通にしていれば必ず誰かから褒められた。
 (何故だろう?)
 彼は決してそれを驕るようなことはしなかった。そもそも自分がこんなに褒められる理由すら理解できなかった。ただ普通にしているだけなのに……
 十四歳になって、彼は故郷を無言で去った。両親は四年ほど前までに失っていた。もうこの場所に留まる理由はない。
 彼には夢があった。そしてそれを口にすることは決して許されない。その実現の為に彼はまず、自分の名を挙げようと連戦の旅を始めた。
 血塗られた支配の歴史に、もう一つの歴史を創造するために。
 (僕が……変えてみせよう。〔革新の時〕を待つ必要はない。〔運命の子〕を待たずとも、僕は新たな為政者となる。その資格を得てみせる)
 かつては村だった荒廃の地を歩みながら彼は誓った。

 それと時を同じくして、遥か遠くの別の場所で、別の少年が川の流れを見つめていた。本来なら彼は今、師の下で勉学に励んでいる時間だったが、知っていることばかりを聞かされることに彼はうんざりしていた。普段は我慢して師の話を聞いているのだが、その日はどうもその気になれなかったのだ。父親が癒師だから自分の家にも沢山の書物はあった。
 (知識ならある。そろそろ実際に、この目で世界の現状を見てみたい。この豊かな城内の中にいては、何の進歩も変化も有り得ない……)
 彼に武術を教えてくれた師匠は、数年前に戦に動員されたきり戻ってこない。何でも反乱を鎮圧するのに駆り出されたらしい、ということは後で聞いたことだ。この城の外で何が起こっているのか…彼の興味は完全にそこに向けられていた。彼は一つ大きな溜息を漏らすと、自邸の方に向かって歩いて行った。
 が、その後の彼の行方は知れていない。


[*前へ][次へ#]

7/16ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!