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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第十章:交錯

 朝焼けが普段より妙に赤く見える。というより単なる朝焼けですら何か不吉なものに見ている、そんな気弱になっている自分自身をモノケロスは嘲笑った。きっと同じこの朝焼けですら奴らは清々しい気分で眺めているのだろう……分かりきったことを改めて思い直して何が変わるというのだろうか。
 自分たちが〈革新一派〉と合流しようとすれば戦いが起こることくらい砦を出る前から分かりきっていた。失った片足の痛みはもう治まり、今は間に合わせに作った杖を頼りに立っている。
 「モノケロス様」
 「……援軍が、出発したか。無駄だと言った筈なのだがな」
 モノケロスの後ろには一緒に来たドレディアと、二人の後を追って来たらしいガルノスがいた。
 「ええ。しかし例の作戦についてはご安心を。移動は少しずつですが確実に進んでいます。更に運さえ我々の味方についてくれれば援軍と彼らは合流できるやも」
 「運……というより天数が味方していれば、だが」
 そうでしたね、とドレディアは言った。正直なところを言えば彼はガルノスの考えたこの作戦には乗り気ではないのだ。いや、成功するかしないか、の問題ではない。作戦自体が成功したとしてもそれは彼にとっては失敗も同義語なのだ。自身もガルノスの献策と違わぬ策は考えなかったでもなかった。全体を見ればそれは確かに有効な策であったし、他に何が考えられるでもなかったのもまた事実だ。
 だがまだ若く聡明な武人のガルノスが実行するにはあまりにも酷なものであるし、ドレディアの胸中を察してしまった彼に自分の残酷な策を提案させてしまう結果となったのではないかとドレディアは悔やんでいる。彼は「作戦の失敗」という形で、結果的に物事が「成功」することを心から望んでいるのだ。
 そんなドレディアの胸中をまた察してかガルノスが言った。
 「ま、俺のことは気にするなよドレディアさん。あんたは罪悪感持ってるみたいだけどさ、別に俺は気にしちゃいないよ。主様がそれでいいと仰ってるんだし、あんた自身も退かずにここに残るんだろ?他に選択肢なんてない。主様の希望を叶えるには、な」
 「それは、まあ、そうですが……」
 「俺さ、自分の天数を最期の時まで知ってるんだ」
 不可能なことではないが、天数を最後まで知ることは禁忌とされている。好き好んでその禁忌を犯す者も滅多にいない。昇ってくる陽を眺めていたモノケロスもその言葉を聞いて振り返った。ガルノスはその微妙な空気を吹き飛ばすように笑う。
 「とにかくさ、だから、大丈夫だって。俺は寧ろ武人じゃないあんたの方がよっぽど心配なんだよ。あんたの隊も俺が率いる。あんたが何を気にしてるか俺は分かってるつもりだ」
 「大多数を生かすための少数の犠牲、だな」
 モノケロスの言葉にはドレディアは何も答えない。
 「少数ではない、とでも言いたげな様子だ」
 ドレディアいやガルノスは、モノケロスの意志を尊重するために、自分が最後まで残ることで他の者を天蓋山に向かわせよう、と提案したのだ。つまり自分が囮になる、ということだ。モノケロスは自分に従ってくれた多くの者を死なせたくないと常々言っていた。そのためには、敵に降る、という選択肢はない以上、それ以外の方法はない。然しものフェニックスでも自分達ばかりは受け入れまい。
今までは彼ら自身が戦いを求めていたし、何としても〈フェニックス〉に勝ちたい、という彼らの覇気はモノケロスのもの以上だった。だからモノケロスもそれに応じるようにして戦った。それによって生じる自身の望みとは真逆の結果にも耐えてきた。
 だがもうその必要は無い。
 モノケロスの部下たちにはまだ戦いを続けようという者も多かった。寧ろ彼らの殆どがそう望んでいた。しかし情勢が好転することは到底考えられない。絶望的と言って差し支えない。それでもなお、今までであれば、行く当てのなくなる彼らのことを考えて全滅覚悟で戦い続けただろう。
 だがもうその必要は無い。
 天蓋山という、行くべき場所がある。
 それならこれ以上無意味に足掻くよりも、できるだけ多くの者が天蓋山に到着できるよう尽力するのが主の務めというもの、とモノケロスは思った。だから彼はここに残った。
 砦の裏から少しずつ部下を逃がしていることには敵も斥侯を通して知っているだろう。しかし手を出すつもりはないらしい……それだけのことでもモノケロスは安堵している。
 長い沈黙の後、ドレディアが重い口を開いた。
 「私は、モノケロス様のお考えに心惹かれてここにおります。そして私はモノケロス様に誓った身。にも関わらずその誓いを果たせぬこと、心苦しく思うのです。先の戦に始まり、この度も」
 「俺のことはいい」
 モノケロスはそう言うとまた東の空に目をやった。
 「あの潅斉(カンセイ)の城壁の向こう、あれが天蓋山だな」
 「はい」
 「険しいところだ。この別天地のような冲稜(チュウリョウ)以上の場所は他に望めまい。しかし出ねばならぬ。潅西(カンセイ)関は不死鳥に塞がれている、南から行くには司祭のいる奄城を抜ける必要がある、川を遡上するにも舟が要る」
 二人は何も言わなかった。否、言えなかった。
 「今日中に潅西関で一戦起きる。一個中隊が移動すれば恐らくは夕刻に、不死鳥とぶつかる。今日一日耐えて、先に行った者たちに時間を稼げば」
 モノケロスはくるりと振り返って二人の方を見た。
 「都合がいい。今夜は嵐だ」


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