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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第五章:弁証法

 「アル兄貴、〈革新一派〉が天蓋山に集結を始めたようですよ。我々も動くべきでは……」
 《ガゼル》六番のルーが声を潜めて言った。というのは幽閉している人質に万が一これを聞かれたら面倒だからである。ある時ケイオスが突然連れてきて「大切な客だ」とここに預けて行ったのだ。それが誰なのか《ガゼル》達は知らないし本人もケイオスも一向に名を明かそうとしないのだ。それどころか本人には人質にされているという自覚がないらしい。あのケイオスが連れてきた「客」なら、ということで誰もそのことを気にしていなかった。
 場所を移そう、と言って歩き出したアルの後ろをルーが追う。
 「ケイオスが戻って来ません。こうも長い間消息が掴めないとなると、彼らと何かあったのではないかと心配でなりませぬ」
 「其方はケイオスが本当に好きなのだな」
 アルの表情は背後からでは分からなかった。彼の言葉の真意も分からぬままにルーは一言「はい」と答える。
 「俺にはケイオスが何かを変えてしまう気がしてならない。その名の通りの世界に……しかし俺にもケイオスを疑うことはできない。その理由も無い。あやつは我々の中で唯一、百歳になっていない、聡明で可愛い弟のような存在だから」
 アルは幼い頃に家族を失ったという話をルーは思い出した。自分の両親も生きているかどうかは分からない。ここに来て以来、ルーは一度も城に戻ったことがないのだ。そういった意味で兄貴も自分と同じなのだな、と彼は思った。
 「ところで〈革新一派〉のことだが」
 「はい」
 「其方にはどのような報告が来ている?」
 「天蓋山に集結中。予定では総勢二万余名。〈運命の子〉の名はカリアス、〈導者〉は同行していない模様。集まった者の中には〈一派〉の戦闘員だけでなく彼らに賛同し心服した城民も多いとか」
 「うむ、まあ、そんなところだろう」
 アルの放った斥侯も同様の報告をしていたのだろう。というよりも通常より多くの斥侯を出し時間もかけた筈だったが、どうにも思うように情報が集まらなかったのだ。どれだけ待っても人員を増やしても、これ以上の情報がもたらされることはなかった。
 「かなり慎重だとみるべきか、臆病だとみるべきか。いずれにせよ我々がいきなり動くべきではない。〈革新一派〉に賛同しない勢力もまだ多い。これは歴史上稀にしか見られない状況であることは分かるだろう?ならばまず彼らに〈革新一派〉の実力を測ってもらえばよいではないか。ケイオスの行方が分からないからといって焦るでない。あやつについての報告は一切ないのだから」
 《ガゼル》を殺したとか捕らえたという情報があればそれらは直ぐに伝わってくる筈である。他の《ガゼル》や司祭を慄かせ脅すこともできる情報なのだから、深い思慮がなければ寧ろ積極的に噂を広める方が自然だというものだ。
 「そうでございますね……」
 「仕方がないとも言えるがな」
 「仕方がない?」
 二人は背後から近寄って来ていたもう一人に全く気がついていなかった。
 「ギド兄貴」
 「背中が甘い。……ケイオスに執心するのは結構なことだが、其方達はもっと周囲に気を配るべきなのではないかな。《ガゼル》の者をもし捕らえたなら、最後の切り札として隠し持っておく可能性も十分ある。ケイオスも承知の筈。自分の身すら守ることができなかったのだとしたら、それだけの奴だった、ということ」
 それは事実ですが、とルーは不服そうに呟く。
 「とはいえそれは何もケイオスに限ったことではない。これから激化するであろう戦いの中で力の差が歴然となるだろう。時代を統べる強者と、弱者に別れる、それだけのことだ。我々もその例外とはならない」
 「私は兄貴とは力というものの見解を違えておりますので」
 アルは無表情にギドから目を背けて、だがはっきりとそう言った。天才の集まりであるが故に彼らはしばしば意見を衝突させ、それを互いに曲げることは決してない……彼らには言い争いが絶えなかったしそれに慣れているのだ。自分の意見を相手に理解してもらうということも納得してもらうということも彼らは互いに諦めている。それが《ガゼル》の強さであり、弱点であった。
 十二人、いや十一人に共通する考えはただ一つだけ。
 その目的の為にならどのような手段も辞さないだろう。
 「そうだったな、アル」
 そして自分からは決して、相手の意見を、真意を訊ねるようなことはしない。聞いても受け入れられないのは分かっている。
 「私の見解もお二人とは異なるでしょう……ところでギド兄貴、司祭様は、我々が動かない理由について何か仰せでしたか?」
 「はっきりとは何も聞いていない。我々の知る必要のないからだろう。或は、知らせたくはないのだろうな」
 「直属の我々にすら隠すようなことがあるとでも?」
 「詳細は一切分からない」
 事実ギドも主の考えは全く知らない。時々話される僅かな情報の断片を集めたところで何の意味も為さなかった。司祭様も馬鹿ではない、《ガゼル》の分析能力や知識量など承知の上で言葉を選んで口にしている。三十年ほど前に〈運命の子〉の魂がどうとか消しても再生するだとかギドには訳の分からないことを口走っていたことはあったが、それが情報を含んだ最大の独り言だった。
 「だが一つだけ言えるかもしれない」
 ギドはふと思い出したように言った。
 「あくまでも言えるとすれば、の話ではあるが……」
 床にギドの視線が落とされる。
 「断言はできない。が、一つの参考としてなら言えることだ。司祭様は恐らく……天数までもを支配下においている……信じ難いことだが……そうでなければ、今までのことの説明がつかない。いや、そう考えて初めて、何らかの予想が立てられると言い切っても差し支えない」
 「まさか」
 天数とは、運命を定める標とも言えるものである。
 「事実がどうであれ奇妙であることには変わりない……だが我々には、あの方を信じることしかできない、それが現状だ」
 アルの言葉に二人は迷いなく頷いた。


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あきゅろす。
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