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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第四章:黒の術士


 その翌日、〈ペガソス〉のユノーの元に一通の報告書が届けられた。それは無論レイヴンからのものである。ユノーは彼のことを信用してはいたが、得体の知れない奴だ、と内心思っていた……奴は何かを目的に自分の下で働きたいと志願したのではないか。高度な術を扱うだけの能力がありながらいつまでも今の地位に甘んじている理由は?部下としては信用できても、レイヴン自身を信頼することはできないでいるのだ。
 正直なところ、彼をいや彼の力を恐れているというのもある。
 術は使い方によっては非常に便利なものである。そもそもその力は全ての者に備わっているから、小さな火を熾したり指先ほどの光の球を作ったりという簡単な術なら誰もが容易に扱うことができる。術を戦いのため、或は利便性を増すために追求し、卓越した力により高度な術を扱うことに成功した者のことを主に術士と呼んでいるのである。術の力は修行と特訓によって強めることができるが、生まれ持った才能によってその進歩は左右されるため「術士」と呼ばれる者は極少数に限られるのだ。
 歴史に名を残す者はほぼ間違いなく術士である。術を使えることが身を立て身を護るのに必要であるが故の実情である。ユノーだって「術士」であるし《ガゼル》や指導者も皆そうである。
 とはいえ、いくら術が扱えるとはいえ大抵の者は知略や武芸で名を上げる。術だけに頼ることは当然できないし、何より天才と言える程の才能がなければいくら努力を重ねたところでその進歩には限度があるのだ。
 だがレイヴンのように術だけで名を轟かせる者もいる。
 天性の才能に恵まれ、想像を絶する修行に耐えて術の本来の力を引き出し扱うことに成功した者の名はすぐに広まっていく。その域に達した術は魂を消し去ることも容易い……術に対抗し得るのは術と、その力が込められた物、例えば剣や護符、そういったものに限られている。《ガゼル》の持つユエイリアンもその一つだ。
 ユノーは何人もの優れた術士と関わりを持っている。
 主のペガソス、部下のレイヴン、行方の分からぬグレイジル、そしてソリッツを《断罪》したケイオス。
 彼らは戦ったとしたら勝てる見込みか一切無い相手である。剣で勝つことができたとしても術で圧される。勝てるわけがないのだ。何らかの策を用いて彼らが術を使うのを封じない限り……いやグレイジル様にはそれでも、剣の腕を競ったとしても勝つことはできないな、とユノーは思った。ソリッツには術で勝てた。ソリッツを《断罪》するために《ガゼル》の中でも術に長けたケイオスが選ばれたのもある意味当然のことだったと言える。その上ケイオスには「双剣を持たせても敵無し」という評判がある。もし事実ならグレイジル様以上だろうか。
 ユノーは受け取った紙の束の表紙をじっと見つめながら、自分がペガソスから命令を受けてから無意識の内にグレイジルのことばかり考えていることに気付いた。
 やはり我々にはあの方が必要だ。
 とはいえ、この報告書の内容が喜ばしいものでないことは初めから判りきっている。やはりスレイプニルという男のことを主に言うべきではなかったのではないだろうか。そう思いつつも僅かな期待をこの報告にかけていることは認めざるを得なかった。
 この調査は無かったものと考えよう。
 ユノーは自分に強く言い聞かせ深く息を吸うと、滑らかな紙の一枚をゆっくりと持ち上げた。
 報告書は紐で丁寧に綴じられている。
 レイヴンの流麗な筆跡を見ながらユノーは「女のような字だな」と呟いた。一応褒めているのである。ユノーは報告書を捲り美しい筆跡を眺めていた。殆ど読んではいなかったが、途中の数行だけ偶然目に留まった。
 『スレイプニルと申す者はグレイジル様ではございませんでした。顔立ちや立ち居振る舞いにはその面影がございますが、言葉を交わした限りではグレイジル様のような風格はございません。然れどもどこか名のある血筋の者には相違ございません故、もしお望みとあらば連れて参ります……』
 それから報告には様々なことが連ねられていたが、ふと彼はあることを思って近くにいた部下に聞いた。
 「レイヴンがここに来たのはいつのことだったか?」
 「さあ、いつのことでございましたか……唐突なことでしたし、何せ、この数十年で多くの方がいらっしゃいましたから……」
 「何処かに記録が残っている筈だな。すまないが、『この数十年』の記録からその時期を特定してくれ。俺が『レイヴン来る』と書いたかどうかの自信もない。それと、そうだな……随分と過去のことになるが、〈ファーブニル〉の縄張りに〈キマイラ〉が進入したことで戦いが勃発したあの頃から、グレイジル様がいなくなられた三十九年前まで調べて……もしその中にレイヴンの名があれば全て報告してくれ。少し引っかかることがあるのだ。其方一人でやれとは言わぬ。できるだけ急いで、確実に頼むぞ」
 「承知致しました」
 ユノーはもう一度「頼む」と言って立ち上がると報告書を持って仕事場を出て行った。火傷の痕が痛む。胸が高鳴る。何故だ?
 レイヴンに会わなければならない。場合によっては問い詰めねばなるまい……知略では自分の方が勝っている筈だ。レイヴンはこの報告書の中で大きな過ちを犯しているのではないか。もし自分の勘が正しければ……レイヴンはグレイジル様を見たことはあるのかも知れないが、話したことがある筈もない。そう、自分の勘と記憶が正しければ、レイヴンがここに来たのはグレイジル様がいなくなった後だ。なのに何故あのようなことが言えるのか?
 『言葉を交わした限りでは……』
 レイヴンは偽りの報告をしたか、或は……
 消息を絶った後のグレイジル様と接触している。
 ユノーはレイヴンが住んでいる沙琳城へ向かった。

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