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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第三章:二人

 「ペガソス殿が、私をグレイジルだと?」
 キヌスの居室に呼び出され、スレイプニルは昨晩の事の顛末を伝えられた。彼は武人ではないからあの微かな物音に目を覚ますということはなかったが、朝の騒がしさから何かがあったことには気付いていたのである。レイヴンやグレイジルについて調査するように命じられた者が砦を発ったのも見た。キヌスは戸惑っているスレイプニルの表情を見ながら居心地悪そうに言った。
 「俺はおぬしのことをよく知らないから、おぬしを疑うことも信じきることもしない、というかできない。大兄貴がおぬしのことを知っていてなお、ここに留まらせているのであれば、俺におぬしをどうこうする権利もない。だからおぬしの好意というか気持ちに頼るしかないのだが……暫く俺の目の届くところにいてほしい」
 キヌスはこういう時の話し方をよく知らない。彼は自分の不器用さに呆れつつも、自分の誠意が伝わっていることを祈っていた。
 「昨晩の見張りは俺の隊の者だ。責任というのもある」
 「構いませんよ」
 「すまないな」
 キヌスは頭を下げた。真実はどうであれ、主が帰ってくるまでは少しでも疑いのある者を放っておく訳にはいかない。知らない相手なら尚更である。
 「隊長のお立場上、仕方ないことにごさいましょう……ところで、その侵入者、レイヴンという者でございましたね」
 「そうだ。知っているのか?」
 「沙琳に弟子と住んでいた高名な術士かと……そうですか、ペガソス殿のところに馳せたのですね。幼い頃グリフォン配下のフォティア殿と同じ師に学んだ同期と聞きます。ただ彼の誘いに応じず、後の〈モノケロス〉の誘いも撥ねつけたとか」
 「フォティア殿か。一度会ったことがある。しかし妙だな」
 キヌスは首を傾げた。
 「ええ。何故友人の誘いを断ってまでペガソス殿についたのでしょうか……しかし或いは、レイヴン殿と交渉の余地があるのかも知れませんよ」
 「交渉……か。しかし俺の知るレイヴンは、易々と主を持つことを受け入れる者ではない」
 「いえ、だからこそ、にございます」
 スレイプニルは力を込めて言った。本来スレイプニルは謀略家であり、弁を振るう方が性に合っているのだ。やりすぎたか、とも彼は思った。自分がいま疑われている以上、誤解を招いてしまったのではないか?しかしここで止める気は彼にはなかった。
 「レイヴン殿がそういった性分なら、ペガソス殿のことも受け入れてはいないでしょう。何故レイヴン殿が〈ペガソス〉にいるのか、それさえ分かれば何らかの方法を講じられる。ここに招くことはできなくともペガソス殿からレイヴン殿を引き離すことができれば……」
 「やはりここにいましたか」
 誰かの声がスレイプニルの話に割り込んだ。
 「興味深い話です」
 「兄上!」
 ファイヤードレイクは微笑を浮かべながら二人に近づいてきた。彼の口元には血が残っている。
 「キヌス、あなたの機転に感謝します。おかげでレイヴン本人と話をすることができました」
 キヌスは一礼した。
 「ご無事で何よりです、兄上……私のせいでご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」
 「いえ。スレイプニル、貴方がグレイジルでないことは知っていますから……というより彼は恐らく沙琳城内にいますよ」
 「え」
 「実を言うと、レイヴンが何を目的にしているのか察しがついたのです。なかなか賢いですよ、あの方々は……指導者すらも利用しているのですから。どういう経緯でそういった行動に出たのかまでは分かりませんが」
 スレイプニルは自分の考えの遥か先を考えているのであろうファイヤードレイクに驚きながらもある種の期待を感じていた。自分の力量を主に見せる良い機会ではないか。しかし主の考えは彼の理解の範疇を超えていた。
 「スレイプニル、この件に関しては貴方にお任せします。グレイジルが父親の元から離れた理由は何なのか。レイヴンとグレイジルが協力してファーブニルを倒そうとするその理由は何なのか。レイヴンの弟子とグレイジルは現在どういう関係にあるのか。……これらが分かれば、彼らをここへ招くことができるようになるかも知れません」
 「あの……兄上、事情が全く」
 キヌスもスレイプニルの横で難しい顔をしながら頷いている。事情が分からないどころかファイヤードレイクが何を言っているのか理解できないというのが二人の本音だった。
 「私自身も確信を持つことができないのです。先程言ったことが分かればもっと確実で具体的な事実がはっきりと浮き上がってくる筈……真相を先に知るのは私ではなく貴方ですよ」
 「は、はあ……そのようなものでございましょうか」
 「今回の件でスレイプニル、貴方は被害者です。それに貴方はレイヴンのことを知っているようですから。捜査隊にも協力するよう命じておきます。それと」
主と目が合ったキヌスは少したじろいだ様子である。
 「お二人は相性が良いのでしょうか。或はスレイプニル、キヌス隊長の補佐に就きませんか?そうするかどうかはお二人の意思に委ねることとしますが」
 ファイヤードレイクは二人を見比べながら微笑んだ。恐らくは初対面なのに口数が多いとはいえないスレイプニルがキヌスに熱弁を振るっていた。本人は気付いていないようだがキヌスに何らかの魅力を感じてのことであろう。
 「ここでは言いづらいでしょうから、後で私のところに言いに来て下さい」
 「いえ、私は……喜んで」
 「この上ないことです」
 二人は同時に答えると、顔を見合わせて笑った。



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あきゅろす。
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