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火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第八章:紅の光

 カリアスは砦に侵入してファーブニルに会った後ずっと、彼の自室で過ごしていた。いつもそうなのかこの数十日だけのことなのかはカリアスには分からなかったが、ファーブニルは滅多に部屋を出ることはなかった。
 「ねえ、おじさん」
 カリアスは遠慮なくファーブニルを「おじさん」と呼んでいる。最初は渋い顔をしていたファーブニルも、直に慣れていた……カリアスの幼い性格に。
 「グリフォンのところに遊びに行ってもいい?」
 「また何を言い出すかと思えば」
 「だって稽古をつけてやる、ってこの前言ってくれたんだ。僕も最近修行してないからさ、鈍っちゃいそうなんだ」
 カリアスは普通のことであるかのように手の届かない場所にあった本を浮き上がらせてみせたが、ファーブニルがそれを見て指を鳴らすなり本はゆっくりと下降して元の場所に戻った。
 「あれ、おじさんも術師なんだ」
 「当然だろう。何ならこんなこともできるぞ」
 ファーブニルが近くに置いてあった紙を折りたたんで軽く息を吹きかけると、紙は鳥のように羽ばたいて宙を舞った。別に彼は自分が術師であったことを隠していた訳ではなかったが、術を使う必要など彼には無かったから今まで使わなかっただけだ。
 「じゃあおじさんが相手してよ」
 「馬鹿を言え。相手になるか」
 ファーブニルは「俺が〈運命の子〉と互角に戦えるわけないだろう」と苦笑した。カリアスにはどうもその自覚がまだ無いらしい。歴史を知らないからだろうとファーブニルは思っている。
 「フレイム、なんか不公平じゃない?」
 カリアスは床に仰向けに寝転がった。
 「今度は〈導者〉に文句か」
 「僕は自分の力を使いたいだけなんだ。理由なんかどうでもいい。全力で戦いたい…フレイム、もう一回会ってよ。それでまた叩きのめしてほしい」
 「何だと?」
 ファーブニルの反応はカリアスが予想もしていないものだった。そんなつもりはカリアスには無かったが、相当ファーブニルを驚かせたようである。
 「〈導者〉と会ったことがあるのか?しかも一度戦ったのか」
 「会ったよ。なんかおかしいことなの?」
 「しかもお前に勝った、と?」
 ファーブニルは寝転んでいるカリアスに覆い被さって迫るように訊いた。訳の分からないままにたじろぎながらカリアスは答える。
 「フレイムは強かった。僕は完全に負けを認めざるを得なかった。でもだからこそ僕はフレイムを信じてるんだ。自分より強い人は初めてだったから」
 ファーブニルはいつになく興奮していた。神の血を引くといわれる〈運命の子〉よりも強い者がいるなど彼には信じられない。そもそもそれだけの力の持ち主が只の〈導者〉であるわけがない……少なくとも世間に名の知れている者のはずだ。
 「フレイム、と言ったな。他にも名があるだろう、教えてくれ。いや、できることなら俺と直接話をさせてくれないか」
 「知らないよ。フレイムはフレイムだ。他に名前なんて……」
 そこまで言ってカリアスの目はすうっと閉じられた。彼から異常な程の激しい力が湧き出し、それが紅い光となって部屋中を染める。
 「どうした、カリアス」
 突然のカリアスの変貌に焦り、フェンリルは思わず目の前の少年の上体を抱き上げた。目を閉じてはいるが呼吸は正常で、カリアスから伝わってくる力の波もいつもと変わりない。彼に危険が迫っているわけではないとファーブニルは知りとりあえず安堵する。
 しかしこの異常は収まる様子を見せなかった。
 カリアスの右手から紅の炎が上がった。だがその炎がカリアスを焼いたり傷つけたりはしていない。この炎は……ファーブニルはそう考えてはっとした。
 (フレイムとは「火」の意。まさかこの〈導者〉は)
 カリアスの唇が微かに動いた。
 「カリアス!」
 だが応えたのは彼の声では無かった。
 〔我が名は…フレイム。炎とは形を持たずして、再生の前の消滅を助けるもの。確かにそこに在りながら掴むことはできないもの〕
 「其方は…何者だ」
 〔フレイムだ。話をしたいと望まれたからこの少年の意識の表面に現れている。いずれは姿を現そう。だが今はその時にはない。対峙することになる日を楽しみにしていよう…毒龍ファーブニルよ〕
 「俺が其方と対峙する?何を根拠に……」
 ファーブニルがそう聞いた途端、炎と紅い光は一瞬で消えてしまった。

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