火炎龍と狼(仮) (煌鷹)
第九章:交渉
フェニックスは目を覚ました。自分がどれ位の時間眠っていたのかは分からないが、十数日も不死鳥の姿で飛び回っていたため相当疲れていた。況してや自分が勝手に信頼をおいたフェンリルの砦の中だ。安心して深く眠っていたのも事実だろう。彼の確信通り、フェンリルは自分に危害を加えはしなかった。
「お目覚めですか、フェニックス殿」
親切なことに護衛というか係の者までつけてくれたらしい。
「とてもよく眠ることができたよ。礼も言いに行きたい。フェンリル殿は今、どこに?」
「ご案内致します。それと私、アルグと申します。何かご不便がございましたらお申し付け下さい」
ありがたい、と軽く一例し、フェニックスはアルグと名乗った青年の後をついて行った。ここまで良い待遇をしてくれるとは、フェンリルに何らかの意図があるのだろうかと少し疑いはしたがそれはそれでいいだろう、と彼は思っていた。
そもそも意図が無ければ自分を砦に入れる筈がないのだ。
ファーブニル以上に慎重なフェンリルのことだ。今ファイヤードレイクまでもがここに呼ばれているのにも理由があるに決まっている…最もフェニックスはファーブニルのことを慎重なのではなく実行力がないのだと評価している。だが〈ファーブニル一派〉が一番大きな勢力である以上はフェニックスも迂闊には手を出せずにいるのだ。
それにファーブニルと戦うには、川を越えなければならない。フェニックス自身は問題ないが、多くの義弟たちを連れて行くのは難しい…戦っている間に、対立している〈モノケロス一派〉に留守を狙われる可能性もある。いくらファイヤードレイクと親交があるとはいえ如何せん彼には放浪癖があって邸にいないことが多い。肝心な時に力になってくれるとは限らない……一つ気になっているのは、ファイヤードレイクの留守を狙う者がいないということである。決して大きな集団ではないのに、何故か〈ファイヤードレイク一派〉は警戒されているのだ。
それは気に食わない彼の態度のせいだろうか。
フェニックスがそんなことを考えているうちに二人はフェンリルの部屋の前に立っていた。アルグが扉を叩こうとする前にフェンリル自身が扉を開けに来ていた。
「今お呼びしようと思っていたところです。ご気分はどうですかフェニックス殿」
フェンリルは彼を部屋に招き入れながら聞いた。
「よく寝させてもらったよ。ご好意かたじけない」
「それは何よりです」
椅子を勧められてフェニックスは遠慮なく座った。先日のように奥からファイヤードレイクが現れた。彼の気のせいか、ファイヤードレイクはこの前より疲れているように見える。
「私に構わないで下さい」
ファイヤードレイクは微笑んでそう言ったが弱々しい声である。フェニックスはフェンリルをちらりと見た。だがその視線に気付いているにも関わらず、フェンリルは無視するかのようにファイヤードレイクを座らせる。
「私にも大いに関係のある話ですからね。同席させて頂きます」
「というと、其方もケイオスの行方を捜していたのか?それとも其方が?」
そう聞かれてフェンリルとファイヤードレイクは一度顔を見合わせたが、ファイヤードレイクが首を横に振った。
「別に私がフェンリルに情報を与えたわけではありませんよ」
「そうか。失礼した」
二人が顔を見合わせた理由がフェニックスには分からなかったが見なかったことにして先を進める。
「前回は俺が寝てしまったからな。交渉再開だ」
「ははっ、そうでしたね。こちらの条件は既に決まっております。後は貴方が受け入れて下さるかどうか……」
「言ってくれ」
フェンリルが少しファイヤードレイクを見る。
「簡単なようで難しい注文です。条件とは〈モノケロス一派〉を撃破すること。再生の余地なく完膚無きまでに叩き潰して下さい。それが私の…いえ我々の提示する条件です」
「我々の?何故言い直した」
「後程ご説明致します」
フェンリルではなくファイヤードレイクが答える。フェニックスは厳しい視線を二人に向けた。
「何か隠しているようだな、ファイヤードレイク。まあ良いだろう。後で納得が行くまで話を聞かせて貰おうか……先に其方が提示した条件についてだ。〈モノケロス〉を消したいのは山々だ。だがご存知のように、我々は奴らと戦って引き上げてきたばかりだよ。とても勝てる状況ではない。しかも其方が言うように『完膚無きまでに』打ち勝つことなど……」
「私が援助を約束しましょう」
ファイヤードレイクはフェニックスを正面から見据えて言った。今までも何度か彼と目を合わせたことはあるが、その度に心を見透かされるというか射抜かれるような視線を苦手と感じている。不快なわけでは無かったが、なんとなく苦手なのだ。
「援助とはいうが、其方はいつ訪ねても不在ではないか」
「私がいなくとも拠点は機能していますよ。実は義弟たちにも既に、フェニックス殿をお援けするように命じてあります。他の者にでも言って下さい」
「義弟達を信頼しているのだな」
無論です、とファイヤードレイクは言った。
「それで、〈モノケロス〉撃破の期限は?」
「そうですね、では五年以内で」
「五年?」
フェンリルの答えにフェニックスは唖然とした。
「五年も待って貰えるのか?」
「ええ。ですが私が思うに、できるだけ早くモノケロスを攻めた方が宜しいかと。彼等が援助を受けて力を取り戻す前に、つまり今のうちに叩けば被害は少なくて済みます」
全く末恐ろしい指導者だ、とフェニックスは苦笑した。フェンリルは勝利の中の一つの可能性として、モノケロスの降伏を考えているように思える。あの剛直なモノケロスが降伏するなどフェニックスには考えられなかったが、部下たちをこれ以上死なせたくないと彼が願うならば、部下思いのモノケロスがその道を選ばないとは限らない。
「分かった。その条件を受けよう」
「ご理解頂けて幸いです」
フェンリルは深々と頭を下げた。
「では今度は、こちらが誓いを果たす番ですね」
何か不思議な空気がその場を支配した。
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