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残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完
「救済」
ダクラには制止出来なかった。アラシュは巨大生物に取り込まれ、首筋、丁度急所の上を覆うように両手を広げていた。まるで磔だ。その顔に表情は無い。ただ両手の爪は首の棘となり、伸縮しては足元にいる人間を串刺しにしていた。
盾を持った男はそれを首筋に向けて構え、それを認知していない巨大生物は口を開けた。
「やめて」
 思わず制止の声を上げた。動揺した男は手元を狂わせ巨大生物を外し、盾は割れた。
「こんちくしょう」
 槍状の神器が投擲され、頭に刺さるが巨大生物の行動は止まらない。それどころか頭に刺さった槍を首から伸びた触手で抜こうとしている。背甲の裏の核も修復されようとしていた。
最後の一発だったのだ。それをダクラは無駄にしてしまった。巨大生物を停めるには、すぐに首の核を、アラシュを傷つけないようにしながら破壊しなくてはならない。しかしどうやって。
罪悪感に駆られていると、後ろで叫び声が上がった。振り向くと、ヤトエリアスの背嚢が千切れていた。そこから無数の刃が飛び出し、回転する。無数に亀裂の入ったカカミだった。それがホーキョクを軸にして高速回転している。大地を抉っていた。
「あれは神器だ。使えるかもしれん。尤も軸の部分を掴む前に腕を切断されかねないが」
 公王は指摘した。確かに武器として非常に優秀である事は地面に刻まれた切れ味で分かる。しかし武器そのものが動くというのは本来の概念では考えられない事だ。あれでは武器が手にされる事を拒んでいるようだ。いや寧ろそうなのかもしれない。あの挙動は、それでも軸を掴む事が出来る者を選んでいるのかもしれない。
ダクラは新たな神器に向かって駆け出した。神器から一リーゲル距離を置き、その挙動から法則性を探し出す。刃は加減速を一定の周期で繰り返し、その度に軸とダクラの間を刃が通っていない空間が生まれる。要はその時に手を出せば良い。
今だ。身を乗り出し軸に右手を伸ばす。しかしその動作は腕を切断されかねないという恐怖で遅れる。もう引っ込める事は出来ない。迷いを捨て、目を瞑り、右手を突き出した。
刃は未だに回り続けているが、ダクラの腕に激痛は走らない。
目を開けると、その右手には神器が握られていた。ホーキョクの紋章はカカミの風圧で擦り切れていた。刃と腕の間には髪の入る隙も無い。文字通り間一髪だった。そしてする事と言えば一つだ。
ダクラは身を屈めると、アラシュの元へと走り出した。既に王族の力は解放している。もう誰も彼女を止められる者はいない。
ダクラは右手を前に突き出すと、巨大生物の胴体に激突した。回転する無数の刃が躙り寄る芋虫をペースト状にする。しかしこれでは埒が明かない。神器の刃を核に押し当てなければいけないのだ。覚悟すると、余った左手をアラシュの背中に押し当て、彼と核の間に間隙を作る。そして右手の神器の刃をその間隙に滑り込ませた。右手に決定打を与えているという手応えが返ってくるが、それも時間がかかる。その間ダクラは巨大生物の体内で無防備だった。それまで神器にせき止められていた芋虫がダクラに殺到した。
全身に芋虫が取り付き、肌理の細かい皮膚を蹂躙する。口に入り込もうとした物はきつく閉じられた歯に止められる。体中を悪寒が走った。ともすれば狂気に取り込まれてしまいそうだ。彼女の正気を繋ぎ止める唯一のものは左の中にあるアラシュだけだった。それを失わない為なら彼女は何でも出来た。

吐き気を堪える為に目を閉じていたらしい。右手に手応えが無くなっている。皮膚も地上からの照り返しを感じる。
目を開けた。
自分は核に突き刺さった神器に掴まり、生気の無いアラシュを抱え、息絶えた芋虫の海の上で佇んでいた。
第五次トグレア戦役の終結だった。


少女は己を担いだまま、追っ手を撒くと、人家に駆け込んだ。
「無理して飛び込んじゃ駄目だよ。一週間生き残る約束でしょ」
 耳元で叱責される。
「すまない。借りを作ったな」
 素直に謝る。少女の言う事はいつも的を射ていた。
「別に借りなんていいよ。二人で脱出するんだから。どっちが欠けても駄目なの。それにあなたは断続的にしか速く動けないんだから」
「ああ。そうだな」
 己は少女と出会って以来、彼女と一緒に行動していた。そして約束したのだ。一週間二人で生き残って、戦闘が終わったら戦場から脱出すると。そして兵器としての運命から離脱するのだと。

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あきゅろす。
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