残る爪痕 血脈の果て (薩摩和菓子)完 「反撃」 男は影に身を潜めながら見張りを闇に引き摺り下ろし、頭を地面に叩き付けると、一番奥の船のタラップを駆け上がる。他の船は別の仲間が既に侵入していた。足音を立てず迅速に狭い通路を移動し、船員を見つける毎に奇襲する。大概は他の隊員の注意を促す前に息の根を止める。停泊している船は敵が分散され、死角の多い閉鎖空間だ。圧倒的な体術の差があれば、一人でも容易に一隻丸ごと制圧出来る。最後に操舵室にて船長と思しき帝国兵の首を捩じ切ると、男は欠伸をした。その目は暗闇の中でも血のように赤い。男はアラシュに爪を届けたガゼルのリーダーだった。元々はこちらが本題の任務である。 男は大砲室へと向かう。通路に累々と積み重なった死体に足を取られないようにしながら。 港に爆撃が轟いた。しかしそれは居留地には一発も当たらない。正確にそれを包囲する帝国軍のみを標的としていた。その発射元は港に停めてあった帝国艦隊である。無論これは帝国兵がやった事では無い。一人一隻ずつ、計四隻を制圧したガゼルら四人によるものだった。異変に気付いた帝国兵は直ちに艦隊に駆け寄るが、艦隊は既にタラップと碇を引き上げている。港から発砲する事しか出来なかった。 その後も砲撃は続き、港に駐屯する帝国軍は自身の艦隊によって壊滅した。 将軍殿。オルスは私が派遣したノース軍によって解放されました。今すぐトース領有の承諾を撤回して下さい。帝国側も敵地の真っ只中に応援無しでいるも同然ですので、その事を指摘すれば応じてくれるはずです。 幾らオルスが占領されたからといって、人間とガゼルの間を取り持っているノースの意見を聞かないというは賢い判断とは言えません。私は今までの間、トースにある資源を掘削する権利を買い取る交渉をしていました。それが帝国のトース侵攻の為に白紙に戻ってしまいました。全ては貴殿の判断が招いた事です。私は貴殿を、その気があればいつでも将軍の座から引き摺り下ろす事が出来るだけの戦力を持っています。オルス解放の手際からも明らかでしょう。正規の陸海軍ですら匙を投げた事を、たった一晩で成し遂げたのですから。 反面、私は実力を行使する事が如何に愚かしい事かも存じ上げております。提案です。今回の件は、私の指示に幾つか従って頂けるのであれば、水に流します。 一つ目は、第五次トグレア戦役の連合軍にノメイル特派部隊を参加させる事です。部隊自体はノースから出すので、レービスまでの航程の便宜を図って頂きたい。第五次トグレア戦役は北大陸の殆どの国と地域が参加していますが、ノメイルは参加していない。これは兵力の出し惜しみではないかと、諸外国は快く思ってはいません。戦役後の国交に差支えが出る可能性は否定出来ません。 二つ目は、その特派部隊にノメイルの神器を持参させる事です。ネーズルもトスキールも、神器を戦場に持参しています。そこにノメイルだけ持ってこないというのは、諸外国に敬意を払っていないと見なされかねません。戦意向上にもなりますし、ノースの特派部隊は優秀ですので、神器を他国に奪われるような事は無いと保障します。 これらは決して貴殿にとって難しい事ではありません。 是非ご検討願います。 ノメイルの永き繁栄の為に。ミュールド=ニルシュト 目覚めて食事を取ると、アンドレの小屋に使者が訪れた。当然ながらガゼルで、アラシュに伝言があると言う。 「今日オルスにて、レービス行きの船が出港する。戦いの準備をして臨むようにとの事です」 ミュールドが裏で糸を操っているに違いなかったが、ここは文字通り渡りに船だった。一点を除いては。 「ここからオルスまでどうやって一日で行くのか」 「既に知っているだろうとしか言われていないのですが」 全てがミュールドにお膳立てされているようだった。尤も利用していると考えれば済むのだろうか。 「分かった。ありがとう」 礼を言われると、使者は去っていった。 「起きたばかりだろう。無理するな」 アンドレが心配するが、笑って返事した。 「大丈夫です。行ってきます。ありがとうございました」 小屋を後にすると、アラシュは爪に念じた。これはダクラの為だと呟きながら。 [*前へ][次へ#] [戻る] |