[携帯モード] [URL送信]

War Chronicle of Toskiel(紺碧の空)完
:発端
 北大陸西部に位置する、小さな公国の公王は、高名な神話学者としても知られていた。彼は世間一般の学者とは一味違って現地調査を最も好み、持ち帰った資料は宰相に調べさせるのが常であった。もし彼が公王の家系に生まれていなければ、間違いなく冒険家となっていたことだろう。ところが、突然彼の輝かしい経歴に終止符が打たれた。彼は城の地下の図書室で、死体となって見つかったのだ。

「ラフィレイド様が亡くなられた……!」
「公王様が、か?」
「何でも、暗殺されたそうだ」
「恐ろしい……」
「やはり、この公国も終わりか」
首都コスク城内の貴族たちの間では、不穏な空気が流れていた。もはやラフィレイド暗殺の噂は国中に知れ渡っていて、さらに、その跡継ぎたる弟王の愚鈍さも世に知る所となっていたのである。
「オレが、公王……マジで?」
知らせを受けた弟王ヴェスヴィオスはただ唖然としていた。この茶髪でやる気のなさそうな二十過ぎの若者が、トスキール家の末裔である。
「そうでございます。ヴェスヴィオス様」
片眼鏡の宰相、ナイファーはいささか不安を抱きながら信じたくない事実を確認しなおした。一部の貴族たちはこの弟王が暗殺を企てたのではないかとも考えていた。
(しかし、もしそうだとすれば時期が悪すぎる……)
宰相は思った。今、トスキール公国は隣国のネイツ王国が侵略された事件で大混乱となっていたのである。宰相の推測が正しければ、この暗殺の背後にいるのはローゲン帝国……ネイツ王国を侵略した軍事国家である。大陸南部で次第に台頭し始め、山脈を越えてやってきたのだ。かつて巨大な連邦を形成していた諸国であったが、帝国の猛攻の前に次々と崩壊し、ネイツ王国なき今はこのトスキール公国を残すのみとなっていたのであった。
「おい、アルバート」
宰相は呼ばれた声に驚いた。全く、こんな若造に名前を呼び捨てにされるのは我慢がならない……。
「どうなさいました、陛下?」
「着冠式の短縮は、できないか……?」
「そ、それは無理です。規則ですから」
ヴェスヴィオスはぶすっとむくれて肘掛けを弾き始めた。兄王のラフィレイドならあるいは、公国を救えたかもしれない。彼は政治的にも軍事的にも優れていたし、まあ、それがもとで殺されてしまったのかもしれないが。

太陽は天頂を回り、着冠式の開始を告げるラッパの音が鳴り響いた。コスク中の人々が、城内に詰めかけていた。新たな王の着冠と、新大臣の着任が行われるのだ。国民は期待と不安を胸に(期待が報われた事は今までほとんどないが)見守っていた。新王ヴェスヴィオスは大儀そうに立ち上がると、つぶやくような声で言った。
「宰相、アルバート・ナイファー」
拍手があがった。先ほどの宰相である。長いひげを蓄え、頭は完全に禿げ上がったこの男は、ラフィレイド時代からの続投となる。彼は政治・外交手腕に長けていて、これまでのトスキール繁栄はほぼ彼の功績と言っても良いだろう。
「海将、レオナルド・ラインハルト」
拍手ちらほら。少々粗暴で高圧的な人物である上に元海賊との噂もある素性の知れない男だが、海戦の技術は本物である。
「陸将、フェルドランス」
沈黙。国民は、いや官僚たちでさえも、誰だ?という表情をしている。
「僕の事なのかい?」
衛兵たちの中から、一人の若者が名乗り出た。
「なんだ?」
「子供じゃないか!」
人々の間から野次が飛んだが、その通り、十八くらいの若者である。実は、彼は知る人ぞ知る軍事の大天才であり、大抵の兵法書は暗記してしまった程なのだが、実戦経験がまるでなく知名度は皆無だったのだ。この大抜擢は後々語り継がれることになるのだが、ヴェスヴィオスが彼をどこで見つけてきたのかは全くの謎である。波乱を残して、着冠式は終わった。その頃、城内に潜り込んでいた帝国のスパイは報告を送っていた。
「公王ハ無能、陸将ハ子供。恐ルル点ナシ」


[次へ#]

1/3ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!