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War Chronicle of Toskiel(紺碧の空)完
:使節
 使者の名はカリギュラと言う。国境のカラズ・ランドセス地方に現れた使者はそのまま首都のコスクまで招待され、丁重なもてなしのもとに会議が始まった。そもそも、トスキール公国は人口十万に満たない小国であり、強大なローゲン帝国との対等な対話などは望むべくもなかった。
「さて、今回私がここに訪れたのは、皆様と戦をするためではありません。平和的に併合を進めるためです」
使者はおもむろに話し始めた。
「我々に抵抗した者たちがどうなったかは皆様もよく知る所と思います。ですから、愚かなまねはしないように」
(小国と思ってなめおって……)
連席する公国の官僚たちは怒りを隠しきれない様子だ。
「偉大なるローゲン帝国皇帝ネストリウス三世はコスクの開城、公国政府の再編成、ノット鉱山の直轄統治、軍の解体を命ぜられました」
(何が和平交渉だ……敗戦条約と何も変わらないじゃないか!)
ざわめきが広がる。だが、誰ひとりとして発言しようとする者はいなかった。
「ちなみに、この地方は西トグレア方面軍司令の私の管轄となります」
「つまり、命だけは保証するから荷物をまとめて出て行けというわけだ」
海将が少し大きな声を出してしまった。
「言い換えれば、その通りです」
表情を変えぬまま言い放つと、使者は懐から要求条項の連なる長い巻物を取り出した。
「この条約を批准すれば、我が軍が貴国の民を傷つけることはありません」
「わかりました……」
老宰相ナイファーはゆっくりと立ち上がり、ほとんど上の空の公王の前に跪いた。
「陛下、もはやこれまでに御座います」
「否!」
ヴェスヴィオスは突如として座っていた椅子を蹴り倒した。
「カリギュラとやら! 貴様などにこの国を渡すことはできない。いや、断じて渡さん!」
「陛下! お鎮まり下さい! カリギュラ殿、少しお時間を……」
宰相は公王の首をひっつかむと、大混乱の会議室を抜け出した。
「どういうおつもりです! このまま戦を始めては、公国の民は皆殺しにされますぞ」
会議室前の廊下に、ナイファーの声がこだまする。
「やれやれ、一体どうしたってんだい?」
海将も半開きの扉から現れた。不謹慎な事に、いかにも楽しそうだ。
「オレは、あんな奴等にこの国を渡したくないんだ」
「それは、お前の私情だ!」
ナイファーはつい怒鳴ってしまった。
「……陛下のそれだけの理由で、国民を犠牲にはできんのです」
「あんたこそ、わかってんのか、アルバート?このまま国を明け渡してみろ。それこそ、どれだけの人々が犠牲になるかわかったもんじゃない」
「それは……」
確かに、帝国に占領された国の国民の多くは、強制労働と治安の悪化に苦しめられている。
「だが、それとこれとでは話が違いますぞ。戦っても、死んでしまったら元も子もないではありませぬか」
「わかっている。オレには、考えがあるんだ」
「僕は、陛下に賛成!」
「フェルドランス!?」
いつの間にやら陸将まで会議を抜け出してきていた。そしてお前はどうだとばかりに海将に軽く目配せする。
「ふん、そうだな、俺様も、このまま負けを認めるのは性に合わん」
「どうだ、アルバート?」
しばしの沈黙。しかし、何かを決意したように、彼は口を開いた。
「はい、承知いたしました。後悔することはありますまい……先ほどのご無礼、お許し下さい」
「おい、お客さんが呼んでるぞ」
ラインハルトの指さす方を見ると、カリギュラの伴者が扉から覗いていた。四人は踵を返して会議室へと戻った。
「遅いぞ、何をしていた? 小国が帝国と和平を結ぶのにこんなに時間がいるのか」
カリギュラが不満そうに帽子を回している前に、公王ヴェスヴィオスは立った。
「その和平協定、破棄させてもらう」
「なんと!?」
帽子は宙を舞い、壁に衝突して落ちた。
「トスキール公国は、ローゲン帝国に宣戦布告する!」
カリギュラは、この男の変貌ぶりにたじろいだ。見れば、大臣たちまで態度が変わっている。
「お……お前たち、何を言ってるかわかっているのか?」
「そうさ、俺たちもそんなに馬鹿じゃない。自分の言った事ぐらい理解しているさ」
ラインハルトが凄みを利かせる。
「とまあ、そういう事だから、荷物まとめてとっとと帰りな!」
「わかった。それがお前たちの返答だな!今に後悔しても、取り返しはつかんぞ」
それだけ言うと、使者は部屋を出て行った。

 世に言う、第四次トグレア戦役の始まりである。


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あきゅろす。
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