縹(禮晶)完 伍 「な……」 縹に触れる寸前、飴細工の様に曲がってしまった刃。 「忠告だけはしておいたぞ。」 恐怖を覚えた随身はいそいそと行列を進めにかかった。 だが、…否、やはりとでも言うべきか。 輿が崖の下にさしかかると、巨大な岩が降ってきた。 パニック状態になった行列。 既に何人かが岩に押し潰されている。 「だから言ったのだがな」 別に誰が死のうと全く関係なかったのだが、かと言って素通り出来るほど縹も冷酷な訳ではなかった。 (俺もお人好しだな、全く) 見ると、輿の担ぎ手が輿を放り出して逃げだしている。 置き去りにされた輿の中から少年が這い出てきた。 (あ、馬鹿、大人しく輿の中に居てくれよ) 既に上から降ってくるものは岩から矢へと変わって来ており、弓矢ならば布一枚で生死が分かれる事もあるのだ。 少年を狙って矢が雨あられと降り注ぐ。 「…………!」 「邪魔だ。輿の中にいろ。」 驚いて尻餅をついている少年に縹は言い放った。 矢は、空中で静止している。 そしてそのまま糸が切れたかの様に落下した。 「これはこれで危ないか」 まだまだ修行不足。頑張れ、自分。 ふと気付くと痛い位に皆の視線が集まっている。 「しがない通行人其の一だった筈なんだが…」 崖上の者達も例外ではなかったが我に返って逃走してしまい、その素早さに縹は寧ろ感心した。 まぁ、美味しい秋刀魚も腐る時の速度は非常に早いのだし、腐った側の人間も足が速くなるのかもしれない。 (いや、もし逆だったら失礼か。) 皇族側が腐っているという方も考えなくては駄目か…などと取り留めも無い事を考えながら、縹が立ち去ろうとすると後ろから誰かが彼を呼び止めた。 「すまない、助けてくれた事、礼を言う」 玉皇太子殿下であった。 よく見れば縹と同じ様な年格好の少年である。 薄藍色の瞳を見た玉はへぇ、と呟いた。 「それ、本物か?」 「両方義眼だったら見えないだろうが。」 「それもそうか。」 妙に納得している様子の玉皇太子殿下。 「先程のような不思議の術はそれ故に使えるのか?」 目が縹色だから、という事らしい。 説明するのが面倒だったのでそういう事にしておいた。 「そなた、名は何と申す。」 「………縹。」 「そのままだな。」 助けなきゃ良かった、と縹は心の底から思った。 「あ、すまん。気にしていたのか?」 「十六年間言われ続ければ嫌にもなるさ。」 ちょっとだけ翡が恨めしい。もうちょっとだけマシな名を考えて欲しかった。…自分も具体例は挙げられないが。 「ならば縹。私と共に宮中へ参らぬか?」 玉曰く皇太子と言えど安穏とした立場ではないらしい。 腕の立つ護衛の類はいくらでも必要なのだという。 都合良い、縹は心の中で呟いた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |