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蛟竜(禮晶)完
拾壱
ところで、と竜は話題を別な物に変えた。
「お前、何故名前をあの字にした?」
コウは竜の側仕えとして宮中に入る事になった。
その際名前のつづりを蛟という字にしたのである。
蛟、水の中に棲む龍の一種、もしくは蛇の様な神。
水蛇様の御子の己には調度良いと思ったからだ。
「もっと良い字があっただろうに。」
香、紅、光、洸、晃、鴻、煌………何故敢えての蛟?
コウは迷っていた。己の出自は話すべきか。
しばらく後、コウはぽつりぽつりと話し始めた。
水蛇様の御子、蒼月郷の伝承、翔鳳峰の事……
長い長い沈黙が二人の間に広がった。
「お前は辛くはないのか?水蛇様の御子という常人とは違う定めを恨みたくならないのか?」
「お前は、そうなのか?竜。」
「あぁ。何故、望みもしなかったのに第一皇子に生まれて、汚い陰謀で母を殺されて。せめて平凡な皇族に、否、権力闘争など無縁な市井の者として生まれる事は出来なかったのか、と。」
「定め、か……。」
コウは己のこれまでの定めについて考えてみた。
もし、水蛇様の御子ではなかったら。蒼月郷で農民として地味で堅実な暮らしをしていた筈だ。
悪い生き方だとは思わない。だが、運命とやらの波に押し流された結果たる今の生き方を、彼女は結構気に入っているのだ。
……もう殆ど覚えていない蒼月郷の皆に、自分を生け贄にした彼らには寧ろ感謝したいと思っている位なのだから。
「運命の分かれ道であったかもしれない過去を今、振り返っても虚しくなるだけだと思う…。その時には選択肢など無かっただろうからな。」
ならば、数多の要素己の意思、定めとやら……その複合の結果たる今をひたすら生きて行く。
きっとそれだけだ…コウは心の内で呟いた。
「偉そうに言える程私も人生経験豊かという訳ではないが、な」
竜は寂しげな苦笑いの表情を浮かべた。
「お前は強いな」
「別に。強いとは言わないさ。諦めただけだ。」
…運命、とやらの波に抗う事を。
抗わなければただ流された先で辿り着くものを受け入れるだけで良いのだから。

だから、抗う気持ちのある竜がコウには少しだけ羨ましく感じられたのであった。


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