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風の音(禮晶)完
拾肆
何から話すべきかな、と縹は呟いた。
「俺達の感覚でさえも昔…風矢(フウヤ)って奴がいた。」
風矢は誇り高い神仙であったそうだ。身分も血筋も、その才も申し分無かったと言う。
「何より仕事をサボらない奴だった。」
「すみません……」
補佐官(水蛇)に頭の上がらない天帝陛下(縹)。
まぁまぁ、と那岐が苦笑する。
「縹は色々な意味で素晴らしいから。」
…………半分以上が褒め言葉ではない。とにかく、と縹が咳払いと共に誤魔化そうとする。
「先代天帝には実子が無く、俺は養い子だった。しかも人間から神仙になった《半端者》だ。」
だから先代が崩じた時、後継者は大いにもめた。
そして《半端者》を忌み嫌う《純血》の神仙達の一部が風矢を旗頭に据え、乱を起こしたのだ。
「その内乱の為に天上世界は真っ二つに割れて、多くの者が死に、人界にも被害が出た。」
淡々と話す縹からは何の感情も読み取れない。
鷹は黙って話を聞いているしかなかった。
「最終的に俺が帝位に就いた。そして戦の責任を問わなければならなかった……」
乱を企てたとされる者達を捕らえ、処刑した。
「ただ風矢は自害してしまって捕らえられずにいたが、この件は解決済みだと思っていた。だが…」
科戸が気になる情報を持って来たのだ。
曰く、処刑した者達の怨念が活発化している事。
そして…自害した筈の風矢の魂魄が冥府に無い、そもそも来てさえもいなかったという事。
「怨念って活発化するものなのですか?」
火山活動じゃあるまいし…と言う鷹に縹が言う。
「するぞ。寧ろ火山活動って比喩そのままに。」
残ってしまったものを消し去るのは重労働だ。
それにその怨念は当初から非常に強大だった為なかなか消し去れず、監視を付け今に至っていたのである。
「でも流石にヤバいよな、ちゃんと消すか…って言っていた矢先に封印が破られてしまった。」
真っ直ぐ当代天帝となった縹の元へ来るのかと思っていたが、違ったのだ。
今も何処かで漂っているであろう風矢の魂魄を抱き込みに人界へ行ったと言うのである。
「その時と前後して火結が銀と接触したんだ。」
銀が全く自覚の無い言葉、しかも神仙でなければ知り得ない様な言葉を発したと聞き、もしかして彼が風矢なのではないか…と疑っていたのだ。
「だから彼をこの峰に呼んだ。此処ならば比較的安全だし、俺達の監視も届きやすい。」
その後、実際に銀と会って確信してしまった。
「彼の魂魄は……奴の、風矢のそれだった。」
「……!」
科戸がやや躊躇ってから口を開く。
「あの乱に関わった風矢の魂魄は永久に冥界で封じ込めておく手筈だったんだ…もう二度と出て来られない様に。なのに」
関節が白く浮き出るまで強く握られた拳。
怨念の情報から気がかりで行ってみたら魂魄が未だに来ていないと管轄の者に言われたのだ。
そんな様子を見て鷹が何かあったのだろうかと思っていたら那岐がひっそりと教えてくれた。
「彼、風矢とは従兄弟なんだよ。身内だからこそ
 余計に許す事が出来ないのだろう。」
分かる気がした。皇族も貴族も嫌いだった。自分もまた…皇族、そして皇太子だから。
「だからこそ、この手で始末したかったんだ。」
「科戸…、」
気遣う様に呟いた水蛇に鷹はふと尋ねてみた。
「あの、水蛇神様は冥界に関わっている、と」
自己紹介の時にそんな事を言っていた。
「私は死者達を冥界へと送り込む専門だ…」
寧ろ生者でありながら冥界に伝手を持っている水蛇や科戸、更には火結の方が珍しい存在なのである。
「まぁそうは言っても確かに職務怠慢だな。」
すまない、と謝る水蛇に逆に鷹が慌てた。
「水蛇だけじゃなくて俺達全員の責任だろうよ」
縹がぽつりと呟いた。彼もまた、当事者の一人である。「……あの、」
「何だ?」
「銀は…異形のモノなんですか」
鷹は後悔した。もし、肯定されてしまったら。
自分で異形だ化け物だなどと言いながらも銀は何処か悲しげに見えた。
きっと、本心では違うと否定して欲しかったのだろう……
「何処が異形だ。平々凡々たる人間だろうが。」
怒った様に縹が言う。
今でこそ尊ばれる存在だが薄藍色の瞳も、かつては異形だ不吉だと言われて忌み嫌われる代物だったのである。
「それにあいつは『銀』だしな。」
ずっと漂っている内に『風矢』自身は磨滅されて、ふとした事で人間の胎内に宿ってしまった存在…それが『銀』なのだ。
風矢じゃない、と言う縹に皆が頷いた。
「可愛い子孫をそう簡単に始末されては困る。」
笑いながら言う羽那陀。
「子孫バカ一名…」
ぼそっと呟いた火結に羽那陀は開き直った。
「其方こそ、大事な聖帝の曾孫だからと強引に引き取ってやりたい放題はやめて下さいよ?」
想い人の身内の少女を貰い受け、やりたい放題な某国の古典、王朝長編物語の主人公である。
「二人とも…見苦しいぞ」
呆れた様にコウが言う。
自分の事は一旦置いておくとして、銀に聞かせてやりたかったと鷹は心の底からそう思った。
彼らは、銀のずっと言って欲しかった筈の言葉をこんなにも嘘偽り無く言ってくれている。
「取り敢えず彼を探そう。この峰もそう安全ではなくなって来ている様だからな。」
科戸がそう言った時である。
腹に響く様な振動が大地から伝わって来た。


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あきゅろす。
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