風の音(禮晶)完 拾参 風が強くなって来た。 「鷹。帰るぞ。昼飯が遅くなる」 渋々と鷹が腰を上げた瞬間、一際強く風が吹いて鷹の衣の裾を捲り上げていった。 「……女じゃなくて良かったな。丸見えだぞ。」 「お前なぁ…どういう感想だよそれ。」 でもちょっと同意してしまう鷹。 「なぁ、今の風、…変、だったよな。」 唐突な銀の言葉に鷹はそう言えば、と思い返す。 「何だか妙に生温い風だったな。変な臭いもしたし…」 何の臭いだったかな、と考えてはっと思い至る。 「そうだ!あれだ、………屠殺場。」 嫌な思い出だ。今思い返しても吐きそうになるのだ。 やんごとなき身分の皇太子殿下が屠殺場に?と銀が聞こうとした瞬間、また吹いた。 「……血臭か…」 手で鼻を押さえようとして、銀は瞠目した。 声が…夢に出たあの男の声が、風の中に聞こえる。 「っ!」 耳を押さえてうずくまる銀。 「おい、銀!どうした!」 鷹は何が起きたのか分からず、おろおろと周りを見渡した。多分、此処にいてはいけない。 「銀…戻ろうよ」 「………あぁ。」 二人は一目散に駈け出した。風はまだ吹いている。 霊廟内では相変わらず縹達が話し合いをしていた。 「銀がもしあいつだった場合…」 この声は縹だろう。二人は扉の外で首を傾げた。 「俺の話?」 「と言うかあいつって誰だ?」 会話が途切れ、誰かの溜め息が聞こえた。 やがて、科戸と名乗った神仙がぼそり、と 「たとえ今は銀であれ…始末すべきだろう。」 銀の手から茸の入った籠が滑り落ちた。 観音開きの扉が勢い良く開き、羽那陀が顔を出す。 「お前…っ」 銀は彼女の制止の声も振り切って駆け出した。 「銀!」 「…やばいな。聞かれてしまったか。」 その後ろから縹がバツの悪そうな顔で出て来た。 「小説とかによくある展開だよね。」 俯いた科戸の肩を軽く叩きながら那岐が言う。 「だが実際に起こると余計に性質が悪い…」 「まぁ、事実は小説よりも奇なりって言うし」 「そういう問題じゃないだろう。」 眉間の皺が六割増な水蛇。全然お得ではないが。 コウも火結も、厳しい表情を崩さない。 「どういう事ですか。どうして…っ」 絶句している鷹に縹が言った。 「落ち着け。……今からちゃんと話す。」 [*前へ][次へ#] [戻る] |