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 不思議と、重く暗い場所で沈んでいた心がゆらゆらと浮き上がり、やがて顔を覗かせた。久しぶりの明るい外気に触れたそれは、もう、二度とあの場所には戻りたくないと強く願う。
 やっとわかったから。やっと出会えたキミと、キミの進む、眩しくて見えないあの光の先へいきたいと、そう思う事ができたから。
 だからもう、いっその事、このドロドロしたものを曝け出してしまえばいいと。それでキミに近づけるのなら、覚悟を決めようと、そう思えたんだ。

 まるで捉えて放さなかった田島の視線をいとも容易く掻い潜り、花井は透き通るほど真っ青な空を見上げた。
 キュ、と結んだのは唇か、拳か。それから田島へと戻した花井の視線はハッキリとしたもので、その揺らぎない眼差しに田島の動きが止まるほどだった。
「オレ、田島を抱きたくて…ふと、どうしようもなくなんだ。お前をめちゃくちゃにしてやりてぇって。…でも、こんなん普通じゃない。ありえねーだろ」
 フ、と自嘲染みた笑みを浮かべ、花井は体重を後ろを倒し、両手でそれを支えた。
「ありえなくねーよ」
 考える間もなく即答した田島は、横にしていた体勢を戻しズリズリと移動すると、花井の正面で胡坐をかいた。
「ありえねんだって。そもそもオレにとっちゃ、田島がオレを好きになったことですらありえねーって思ってんだから」
「はあ?なんで?」
「なんでも」
 心底理解できない、とクエスチョンマークを浮かべる田島に、こればっかりは個人の感じ方の違いだから説明のしようがないんだと花井は首を振る。
「じゃあ抱きたいっつーのは?」
 なんでこれもありえないんだ、そう問う田島に、花井は少しバツが悪そうに身じろいだ。
「なんでって…。オレも田島も同じ男なのに、一方的に抱きたいなんて思うこと自体がまずフェアじゃない。田島も男ならわかるだろ?セ、セックスってのは、つまり…その」
 日常でほとんど口に出す事のない単語が気恥ずかしいのか、花井はごにょごにょと語尾を濁らせる。
 花井と田島は同性で、通常で考えるならば体を繋げる事はできない。けれど今の時代、同性愛に対する理解はだいぶ広がり、こういったノーマルな人々にもいつしか自然な知識として植え付いていた。
 だから花井は知っていた。花井か田島、どちらかが女性的な役割、つまり、本来なら排泄する為だけの場所を駆使しなければ体を繋げられない事を。
「あー、うん。そっか。いいよ、オレ」
「なに?」
「オレ、下でいいよ」
 足の裏と裏をくっ付け、その上に両手を置き、ゆらゆらと体を揺らしながらあっけらかんと田島は言う。余りにもごく普通に言うので、花井は一瞬呆気に取られてしまった。
「えっ、いいよって。だってお前」
「なんだー、ンなことで悩んでたのかよ」
 今にもケラケラと笑い出しそうな田島に、花井は驚きから咄嗟に伸ばした行き場のない手をダランとさせたままで。
「ンなことって…。や、それもあるけど。オレは、お前をそういう目で見たくなかったっていうか。なんか汚してるみてーで…シンドイ、っつーか」
 戻ってきた掌で無意識にこめかみの辺りを押さえた。汚れた自分を曝け出す。覚悟していた筈なのに、こんなにも惨めで居た堪れなくなるものなのだと、心が軋む。
 今、田島はどんな顔でオレを見ているんだろうか、そう思うだけで泣きたくなった。
「花井」
 その田島がハッキリと名前を呼ぶ。情けない事に花井は恐れから、その呼びかけに答える事ができなかった。
「花井、答えはもっと単純でいんだぜ?」
「……え?」
 カラリとしていながら普段と変わらない田島のトーンに、花井の顔がスルリと上がる。
「シンプル イズ ザ ベスト! 心のままにすすめっ!」
 二、と笑う田島が人差し指を花井につき立て、そう豪語した。
「……ザ、いらねー」
「こまけーことは気にすんなって!それより、なぁなぁ、今の惚れね?」
 子供が成功した喜びを伝えようとするみたいに、田島の笑顔が花井を覗き込む。
「ああ、惚れ直した」
 ふは、と笑った花井に、嬉しくなった田島はさらに笑顔を作ってみせた。

 そう、失敗なんて恐れない。だから田島はいつだって全力で、いつだってキラキラしている。
 そんな田島だから、憧れ妬み、そして恋に落ちたんだ。

 握手をするみたいに手を繋ぎ、それから指を絡ませた。こんなにもやさしい気持ちで田島に触れているなんて、ついさっきまでの花井には考えられなかっただろう。自然と零れる笑みも、なんだか気持ちが良かった。
「あのさー、好きなヤツとならヤリてぇって思うの、普通じゃね?」
「ん?んー…、まぁなぁ」
 そんな明け透けに言われたら元も子もない。花井は空いている方の手で後頭部を掻いた。
「オレも花井とヤリてーもん」
「え!そうなの!?」
 衝撃の告白を聞いたとばかりに、花井は身を揺らした。
「タリメーっしょ?オレを誰だと思ってんの」
「…あぁ」
 オナニーとか気持ちいいこと大好きですもんね。そう言いたげな花井の薄い視線など気にならないのか、あ、と何かを思い出したかのように田島は声を上げる。それから小首を傾げた花井に、さっきまでとは違う、少し挑発的な視線を向けた。
「だから花井、ヤろーぜ」
 胡坐を掻いた花井の太股の上に、のそりと田島は座り込む。近すぎる距離に挑発的な目線、それらに花井がギョっとしたのは言うまでもない。
「はあ!?おま、ここどこだと思って!つーか次授業…!」
 最もな理由をつけ、慌てて田島を引き剥がそうとするが、それは校舎に鳴り響き出したチャイムの音によって敢え無く強制終了となった。
「………」
 声も出ない花井にお構いなしな田島は、花井の半開きのままの唇に押し付けるようなキスを送る。
「これで50分はできんなっ」
 にひ、と笑う田島とは対照的に仏頂面な花井。ニヤケている田島の頬を摘まむと、ンなこと言うのはこの口か!、とぎゅうぎゅうと引っ張った。
「だって、花井としてーんだもん」
 それでもニヤケが止まらないっといった田島の赤くなった頬を、今度は掌全体を使ってきゅ、と包み込む。
「…もう黙れよ、ばか」
 そうして思いっきりいやらしいキスを送りながら、花井はゆっくりと田島の体を押し倒していった。





(09/04.20)



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