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 花井よりも一回り小さな背中は、花井の体重に押され徐々に丸くなっていった。反らした背中に頭もつけるとコツンと田島の低い位置にある後頭部とぶつかり、否応なく田島の頭も沈んでいく。重なった背中からする衣擦れの音、そして花井の行動に比例して動く田島の体が久しぶりすぎて、疼きだす心を抑えるよう花井は空のもっと奥を見つめていた。
「重てーんだけど…」
「うん、だろうな」
 ひとつ文句を言いながらもそのままの体勢でいる田島は、花井の行動を咎める気はなかった。それよりも背中から沁みこむ花井の体温の熱さに、まるで体が動く事を拒否しているような錯覚にすら陥る。たった一週間離れていただけでこんなにも花井を求めていた自身に、軽く鼻の奥がツンとした。
「…っ、オレさぁ!屋上好きなんだ。なんでか花井わかる?」
 余計なものが零れ出さないように田島は思いきり背筋を伸ばし、花井に質問を投げかけた時には二人の体勢が逆転していた。いきなりの事に下から呻き声が聞こえた気がしたが、田島は気にしない。
 花井は痛む首筋を押さえ、こんな目に合わせてくれた張本人の後頭部から逃れようと少し頭の位置をずらし、とりあえず瞬時に浮かんだ答えを言う。
「…なんでって、…空がよく見えるからじゃねぇの?」
「んー、半分正解」
 二、と笑った田島の横顔が丁度視線を上げたところから降ってきた。間近で見る田島の笑顔は、いとも容易く花井の真ん中をぎゅっと掴んで掻っ攫ってしまう。例えていうなら、スコーンと真ん中を軽快に抜き落とされただるまおとしのような感じで。
 近すぎる距離にドキドキしている花井を余所に田島はすぐに花井から下り、そのままごろんと仰向けになった。
「おい、」
「こーしてっとさぁ、空以外なンも見えねーの。すっげーきもちー」
 田島はそう言っていつもしているみたいに両手を広げ、スゥ、と息を吸いながら綺麗に目蓋を閉じた。
 野球でもそれ以外でも動物的直感で動く田島は、ゴチャゴチャしているモノはきっと好ましく思わない。今いる場所みたいに見渡す限りの一面の空、他の何にも染色されていない混じり気のない青が田島にはよく似合っている。
 だからなのだろう。自分にはない色、それを持っている田島に強烈すぎるほど惹かれたのは。憧れから嫉妬、果ては恋愛感情に至るまで。花井を司る全ての感情が田島へと注がれ、津波みたいに襲いかかってきては花井を惑わす。それは余程の力を使わないと制御する事などできなくて、時に田島の傍にいるのが苦痛に感じる事すらあった。
  まだ幼さを感じさせる田島の顔、隣で胡坐をかきながら眺めていると、思い出したかのように閉じていた目蓋が開いた。露になった大きな瞳は、空を映してから次に花井の顔をその奥に映し出す。いつだって逃れる事のできないこの視線はまるでロックオンされているようで。目で人、少なくともオレは殺せる、なんてくだらない事を花井は本気で思った時があった。
「ねぇ、花井。オレを見てよ。オレだけを見て、オレだけを追いかけてきてよ」
「なにい…」
「オレは花井がスキだ。すっげースキ、死ぬほどスキ。花井はそうじゃねぇの?」
 片腕で上半身を浮かせた田島の視線がさっきよりも近くなった。
 普通なら嬉しいはずの愛の告白が、今は嬉しいと思うよりも先に心臓に直撃して痛い。田島の気持ちは花井自身よく分かっていた。言葉と態度で、花井を好きなんだと全身で伝えてくれているのだから。
 だからこそ、同じように返せない自分を責められているみたいにとってしまう。そんな事をする奴ではないと分かっているのに。
「……オレは」
 こんなハッキリとしている答えでさえまごまごしてしまう。いい加減にしろよ、と自分で自分を殴りつけてやりたかった。
 額から吹き出た汗がこめかみにまで伝う。その冷たさで、焦りからかぼんやりと見えていた田島の顔にくっきりとピントが合った。
 バッターボックスに立つ時に見せる真剣な表情。何者も近付けさせない、周りの声なんて聞こえない、ただ一点だけを見つめるあの顔を花井に向けていた。
 …ああ、そうか。田島はこの顔でオレを見てくれるのか。そう思うと一人でぐるぐる悩んで意固地になっていた心がス、と浮いた気がした。





(09/03.15)



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