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 少し遠くに離れている第一グラウンド、そこで体育をしている9組が小さくだけれど花井の席からよく見渡せた。考え事をしながら授業を受ける事はあったとしても完全に余所見をしながらは滅多になく、先生も優等生の類に入る花井がまさか余所見をしているとは思いもせず気にかける事はなかった。
 田島に近寄らない宣言をされてから今日でちょうど一週間。あの日から田島は一切7組に顔を出す事がなくなり、練習中でも花井の傍に来ないのは愚か目を合わす事すら避けるようになった。
 先に田島を避けていたのは花井の方で、それなのに逆に避けらるようになった今になって田島が遠くて苦しいと思うのは余りにも身勝手すぎる感情なのは花井自身わかっている。もしかしたら田島も今の自分と同じような思いをしていたのだろうか。そしてそれを与えていたのは、そう考えるだけで花井の胸がキリと痛んだ。
「田島!右、右!」
「田島ー、おもっきし投げろっ!」
「ぎゃー!田島のあほ!どこ投げてんだー!」
 今となっては一日数回呼ぶか呼ばないかの田島の名前、それを他人の口から聞いては幾度と無くタメ息が漏れる。今なら阿部に馬鹿呼ばわりされても反発できず受け入れてしまうであろう情けない自信があった。
 内野に残っている三人の中で活発に動き回る田島から目が離せないまま、今日ほど窓際の席であった事に感謝した日はない。誰にも邪魔される事なく田島を見ていられる。あと数分で終わってしまう限られた時間の中で田島の姿を焼き付けるように花井は田島だけを見つめていた。今もクラスメイトの輪の中心で笑っている、眩しすぎるその笑顔にそっと目を細めながらうわの空で先生の英文を聞いていた。

 昼休み、水谷の誘いを断って花井は屋上で一人昼食を済ませた。冷たい風に当たって頭を冷したかったのもあるが、屋上は田島のお気に入りの場所。なんとなく足が運んでしまった。
 ここに来る前に自販機で買ったお茶で喉を潤しカラになった弁当箱の傍らに寝そべると、思い浮かぶのは田島の事ばかり。風にさらされて頭がクリアになったせいか、今は思考を遮る事はせずにそのまま想いを馳せた。
 田島と付き合いだした日の事はそう遠くない話で鮮明に覚えている。なにせ不意打ちをかけられ告白させられてしまったのだ。伝えるはずのなかった想いはその日いきなり田島に引きずり出されまんまと掴み取られてしまったけれど、同じ想いでいてくれた事が純粋に嬉しかった。
 いつだって恋人らしい甘いムードとはかけ離れていたが田島が隣にいてくれるだけで花井の心は浮き上がる。笑っていてくれるだけで満たされていたのに、欲を出した。
「田島も4番も…そら無理な話だって」
 真っ青すぎてどこか現実とは思えない空に向かって花井は自嘲気味に掌をかざした。この手で掴んでいたものが二つともスルリと抜け落ちていってしまったのは自分のせいなのだと、情けなさずぎて涙すら出ないのがまた不甲斐なく大きなタメ息を吐いた。
「ナニが無理だって?」
 気配と共に頭上からした声に目を向ければそこには少しふて腐れた顔の田島が立っていた。田島の事ばかり考えすぎて花井自身が見せている幻覚かと疑ったがそうではない。今一番会いたくて会いたくない人物が目の前に現れ、花井は驚きの余り体を起こす事ができず寝そべったままただ田島を見上げた。
 どちらも口を開かずに、視線が重なったままお互いの吐息だけが時の流れを教えてくれる。本来ならば居心地が悪いはずなのに田島からどうしても視線を外せなかった。そうこうしている内に口を開いたのは田島から。
「あのさーそこ、オレの場所なんだけど」
 今花井がいる場所、屋上のど真ん中、ここで大の字になって寝そべるのが田島は大のお気に入りだった。
「え、ああ…悪い」
 言われるがままに重い腰をのそりと上げ、田島との一週間ぶりの会話は何事もなかったかのようにスムーズすぎて花井は拍子抜けしてしまった。そんな花井の心情など知ってか知らずか、上半身を起こした花井の背中に自らの背中をトンと合わせ田島はその場に胡坐をかく。田島の突拍子もない行動に驚いて振り返ろうとした花井を田島の手が無言でそれを拒んだ。
「たじ…」
「4限目、なんの授業だった?」
 背中越しに伝わる田島の声が心臓に響き、もう少し聞いていたいと花井は体勢を整えるとそのまま会話を続ける事にした。
「英語だけど」
「うちは体育。ドッジしてた」
「ふーん」
 まさか見ていたから知っているとは言えず、適当に打った花井の相槌に田島はギュウと膝を引き寄せると唸り声を上げそのまま大きな声を出した。
「花井はずりーよ!知ってるくせに!オレの事ずっと見てたくせに!なんでそーやって逃げんだよ!!」
 揺れる背中越しに伝わる田島の感情、いつだって体当たりな田島にこうやって自分はまた救われてしまうのだと思うと温かな小さな背中がとても愛おしく思え、そっと花井は体重をかけた。





(09/02.01)



あきゅろす。
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