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 完全に花井に避けられている。田島がそう思い始めたのは遅く、HRも過ぎた頃だった。その予感が確信に変わったのは午後練が始まってすぐのこと。
 練習が始まる前に軽いミーティングがある時は必ずと言っていいほど円陣を組んだ際、田島の隣には決まって花井がいた。隣り合わせにしようと決めているわけではなく、無意識にそうなるのが当たり前みたくなっていていつしかこれが自然な形となっていた。けれど今日は違っていて、今、田島の隣には花井ではなく泉が腰を下ろしていた。
 円陣を組む時に不自然に田島と距離をとっていた花井は、田島との間に誰か入るのを待っていたのだろうと今ならそう思える。こんなことなら強引にでも花井の腕を引いて隣に座らせればよかったと思えば自然と眉間に皺が寄った。
「そんじゃ次、守備についてー」
 泉の隣から聞こえる花井の声はすごく遠くに聞こえ、それがまた丁度見えない位置にいることにも田島には腹が立って仕方なかった。

「センター返し! センター…返しっ!!」
 力強く花井の打った打球は真っ直ぐ飛んでいき、次々と外野に影を落としていく。一心不乱にバットを振り続ける姿はものすごく集中している風に花井を見せていたものだから思わず水谷が食らいついた。 
「ふあー、今日も気合入ってんね、花井のやつ」
 まるで人事のように言いながら手を休め袖で汗を拭う水谷。その横を終えたばかりの田島が通ると「ね?」とまるで賛同を求める口振りを寄越してきた。
「…水谷目ぇわりーんじゃね?」
「えぇ!?」
 いきなり訪れた心外な出来事に驚く水谷だったがそれ以上田島は口を利かず、水分補給しにベンチへと歩みを進める。後ろで水谷がブーブー言っていたがすぐに阿部に怒鳴られたようで静かになった。
 隣で打っていた時から今日の花井のバッティングにはイラつきを覚えた。花井から流れてくる空気みたいなものが花井自身の集中力の無さを田島に感じ取らせていた。それは田島にしかわからない花井の変化。思った通り、水谷に言われ花井を見てみると切羽詰ったようなどうしようもない酷い顔をしていた。
「ばっかみてー…」
 ただひたすらにバットを振って力任せに球を打ち上げる。ただそれの繰り返し。だから満足なんてするはずもなく花井はなかなか打席から出てこなかった。いや、出られなかったのだと田島は思った。

 すっかり日が暮れてあたりが暗くなると冷たい風が吹き出し、それと同じく水道水の冷たさに各々悲鳴を上げる事となる。
「今日は水谷が持ってんだかんな!」
 ホースを持って蛇口を捻りながら田島はジャンケンの敗者である水谷に向かって言う。ここへ移動するまでの道すがら前を歩いていた水谷に背後から迫り、田島と阿部は有無も言わさずジャンケンを繰り出した。ビックリしながらも反射的に参加してしまった水谷は呆気なく負けてしまったのだ。
「えー!これだって冷たいんだよ!?」
 水がだらだらと流れ出したホースの先を田島と阿部に無理矢理持たされ、跳ね返る水しぶきとホースの冷たさに水谷が地団駄を踏む。
「負けたお前が悪い。おら、ちゃんと持ってろ」
「あんなの反則だってばぁ!」
 水谷が差し出された阿部の足に渋々と水をかけながらも顔を上げると、栄口と巣山がこちらを見て苦笑していたのが見えた。涙目で助けを求める視線を送るも栄口に笑顔で拒否られガックリとへこむ水谷。落とした肩に連動して水の軌道も変わってしまい、そこへ追い討ちをかけるように阿部がカミナリを落とすのだった。
 泥を流し終え輪の中から抜けると、少し離れた所に花井が突っ立っているのが目に入り思わず田島は声をかけた。
「早く行かねーと水谷がうっさくなるよ」
「ん、おお」
 半日ぶりにようやく花井と会話が出来たにもかかわらず田島の心は晴れなかった。それどころかまた避けるように行こうとする花井に苛立ちばかりが募っていく。直球勝負の田島にはここがもう限界だった。
「花井」
 怒りを押し殺したような声で名前を呼ぶと花井は立ち止まってこちらを振り返ってくれた。けれどその目は真っ直ぐに田島を見ようとはしない。それならばと田島は花井の顔を覗き込み、強引に視線を合わせた。ゆらゆらと動く視線を射るように見つめる、絶対に掴んで離さないように。
「たじ…」
「すっげー気持ちわりぃ!!」
 田島が声を張り上げると花井の肩が驚いたのかビクッと動いた。幸い他の皆には聞こえていなかったみたいだけれどそんなの田島にはどうでもいい事で。今はこんな気持ちにさせてくれた花井に一言言ってやりたくて堪らなかった。
「オレ、怒ってっから。花井がナニ考えてんのか知んねーけど。オレは悩んでんのは性に合わねぇからこんなん気持ちわりぃ」
「田島…」
「花井が気ィ済むまでオレは花井んとこにはもう行かねーから」
 田島の言葉にまるで狐に抓まれたような表情を花井は見せた。あの後、水谷が呼ばなかったら花井は何か言ってくれたのだろうか。思ったよりもしっかりとした足取りで輪の中へ向かって行く花井の背中を一度も振り返る事なく、田島は一人奥歯を噛み締めていた。





(09/01.17)



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