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Celluloid Summer
†††



春日と別れて、自室に帰る途中、咲遊音は三階で止まっているエレベーターの表示に首を傾げる。

三階は無人で、誰も使ってない防音室が並ぶ。

管理人でもある咲遊音は、たまに廊下の掃除に立ち入るが、他の人には用のないフロアの筈。
また、いつ行っても鍵の掛かった部屋が並んでいるだけで、人の痕跡はない。

こくり、と息を飲むと、咲遊音はエレベーターの上昇ボタンを押した。

しばらくの時間があって、ゆっくりとエレベーターが降りてくる。

表示サインが二階に。

近づいてくる箱。
ぞくり、と鳥肌が立つ。


(やっぱり、階段にすれば良かったかな…今からでも…)


内心の軽い葛藤をしている内に、チン、とベルがエレベーターの到着を告げた。

こく、と息を飲んで開かれる扉を見つめた。

機械音と共に開いたドアの向こうには誰もいないように見える。

ほ…と息をついて乗り込もうとした時、ちょうど死角になっていた内側から人影が、するり、と歩み出てきた。


「ひゃっ…!?」


誰もいないことを確認したと思っていた咲遊音は、奇妙な声をあげて、避け切れず降りてきた人影にぶつかる。


カシャン、と硬質な音がフロアに響いた。


「…っ…すまない…」


先に言葉を発したのは人影の方だった。

咲遊音は弾かれた拍子に尻餅をついたまま、人物を見上げる。


「あ、絋羽さん…びっ…くりしたぁ…」


紅羽の双子の兄、絋羽。パティシエであり、チーフ代理である彼は、咲遊音より年下だが、あまり店に出ることが少ない為に咲遊音はつい敬語で話し掛けてしまう。

紅羽のやわらかく楽しい人柄と違い、きっちりした神経質そうな外見や生真面目な性格がそうさせるのかもしれない。

咲遊音の目の前で、絋羽が腰を折って眼鏡を拾う。

硬質な音の正体は絋羽の眼鏡だったらしい。


「怪我はないか?如月。」


慌てて座り込んだままだった咲遊音は立ち上がる。


「あ、大丈夫で…」


カタリ、と小さな音を立てて、立ち上がろうとした咲遊音から、金色の光が落ちた。

ぶつかった拍子に鎖が切れた咲遊音のロケットが、挨拶するように絋羽の足元に転がり、開いた。

ゆったりとした動作で拾い上げ、写真を確認した絋羽の表情が一瞬、固まる。

普段からあまり笑わない絋羽の表情の変化は咲遊音にはわからなかったが。


「…彼女?」


咲遊音にロケットを差出しながら、絋羽が尋ねた。


「………はい…。」


認めたとはいえ、奏の死が咲遊音に重くのしかかる。





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