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Celluloid Summer
†††



凄くいい人達に恵まれた、と咲遊音は思う。

この店は優しい。

それはマスターである瑞希によるところが大きいのかもしれない。


「じゃ、後で聞いて貰おうかな。とりあえず、春日ちゃんの話から聞かせて?」


休憩室のソファーに座りながら、春日は少し躊躇い、座り直して口を開いた。


「…弟のことなの。」





いつだったか、高校2年生の弟がいると聞いた。春日の話によれば、非道くしっかりした弟さんらしい。

名前は冬月と書いて、カズキというそうだ。
二歳年下の冬月は、来月、誕生日を迎える。

両親が病院勤めということもあって、冬月は春日が育てたようなものだ。

現在はここいらでも有名な進学校で経営を中心に学んでいるらしい。


そこまで聞いて、咲遊音は向かいで首を傾げる。


「経営?医学でなくて?」

「…うん…。」


春日の表情が曇る。
どうやら、悩み事はその辺りにありそうだ。


「あたしね、将来、洋食屋さんをやりたいの。」

「洋食屋さん?」

「そう。子供がお客さんの、洋食屋さん。」


託児所を兼ねた洋食屋。それが幼い頃からの春日の夢だった。

共働きの両親に代わり、温かいご飯をくれたのは、近所の定食屋さんだった。
護身術を学ぶ姉弟が、道場の帰りに夕食を採ったお店。そこがあったから、春日達は温かい思い出をもてたと、春日は話す。

そして、いつしか自分達のような子供たちに、親を待つ託児所を兼ねた洋食屋を開きたいと思うようになり、今、春日は調理科の高校を出て、幼児教育のある短大に通っている。


「冬月は私の作るだろうお店を、手伝う気でいるようなの。」


それが、弟を自分の夢に巻き込んでいるような気がして、と春日は俯いた。

咲遊音は春日の弟を思い、自らの経験や境遇を照らし合わせた。

奏の夢と自分。
自分の夢と自分の弟。

それらが複雑に絡まり、咲遊音の中で渦を巻く。

奏の夢は喫茶店を開くことだった。…おそらく、瑞希に触発された部分もあるだろう。
それにまつわる様々な事を勉強したいと言っていた。

当時、咲遊音は咲遊音で夢があった。
咲遊音は役者になりたいと思っていた。
映画俳優。アクターというヤツだ。
それは、中学時代に友人達と撮った8ミリ映画が思いの外、楽しかったからだ。

けれど、奏の夢を聞いて。

自分の夢は、その隣にいること、しか考えられなくなった。

それを巻き込まれたと、自分は一度でも悔いただろうか?







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