幻想
65
一年前では考えも使かなかった日常を送っている。
私を取り巻く現象に、苦笑しか浮かばない。
しかし、そんなことよりも。
昨夜のヨルダン様の意味深な言葉が頭から離れなかった。
“昔、そう私に告げてきた者がいた”
“その者は、もうこの世にはいない”
一体、ヨルダン様の過去に何があったのだろうか。
その人が、ヨルダン様をあそこまで人間不信にさせた原因なのだろうか。
「…………ラウルッ!!!」
思案に耽っていると、突然私の名前を呼ぶ声がした。
一体どこから、と声の主を探すとそれは直ぐに見付かった。
「カトル様!」
以前と変わらず、叢から姿を現されたのはカトル様だった。
暫く御姿を拝見していなかったため、久し振りの邂逅は私の心を慰めた。
「久し振りだ、一体今までどうしていたんだ?」
「いや、あの日いつもより帰りが遅くなって、側仕えに抜け出してたのばれちまったんだよ。そのせいで今までずっと外出禁止令が如かれててさ」
あの日―――私がヨルダン様とエーリオの情事を盗み見た日のことだ。
秘密の隠し通路で、カトル様とはぐれたせいでいつもより帰りが遅くなってしまったのだろう。
「……それは、私のせいですまないことをしたな」
「ま、別に良いけどさ。元はと言えば、俺が抜け出してるのが悪いんだし」
………今日も抜け出して来られたのだな。
しかし、やはり幼い男児であるからか。少し見ない間に、随分成長なされた。
どんどんヨルダン様に似てこられている。カトル様なら、立派な王になってくれるに違いない。
「………なんか、ラウル。雰囲気変わったな……」
そんなことをカトル様を見詰めながら考えていたら、カトル様から驚くべき言葉を掛けられた。
「何だろう…ラウルは男だって分かってるのに……まるで、女みたいだ…。………色気?」
カトル様の言葉に、ドキッと胸が脈打つ。
子どもにまで分かるくらい、私の何かが変わったと言うのだろうか。
ヨルダン様に抱かれるようになって、私は娼婦になってしまったとでも言うのか。
「…色気って……どこで、そんな言葉を覚えてきたんだ?」
何とか動揺を悟られないよう、取り繕うが、声が上ずってしまったような気がする。
「別にどこでも良いじゃん」
非難されているように聞こえたのか、カトル様はぷいっと頬を膨らませそっぽを向いてしまった。
その様が、まだまだカトル様の幼稚さを私に感じさせた。そんな態度に心が癒される私がいる。
ふと、気が付いたら手がカトル様の頭に伸びていた。
王太子様に向かって、本来許されない行いだったが、気が付けば私はカトル様の頭を撫でていた。
ふんわりとした柔らかい髪質。子どもの頭は大人の私の掌に覆い尽くすには十分な大きさだ。
「ちょ、何すんだよ」
私の突拍子もない行動に、カトル様は先程まで膨れていた筈がすっかり元に戻っており、じゃれる様な素振りを見せた。その反応が愛らしくて、つい撫でる手に力が入り、髪の毛を捏ね繰り回してしまう。
「あー、もう!そんなとこまで、ルカに似てきたな!」
「………ルカ?」
カトル様の口から放たれた人名に、私は首を傾げた。
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