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幻想
66




どこかで聞いたことがあるような気がする。
…………そうか、正妃様か。
正妃ルカ。今より6年前にヨルダン様の下に嫁がれた。当時、私は成人前で父親とともに式典に参列していた。確か当時、正妃様は19歳で、ヨルダン様とは10の歳の差があったと聞く。その後、直ぐに私は成人して騎士になったため、あまり正妃様の御姿を拝見することは無くなったが、大変綺麗な方だったのを覚えている。
王族では珍しく、恋愛結婚と言われていて、正妃様自身、貴族の出ではなかった筈だ。
昨今、病に臥せられていて国民の前にその御姿を現されることが無いと聞く。病状についても全く国民に知らされていない状態だ。

そう言えば、後宮に入ってからも正妃様のお話を全く耳にしていない。
正妃様のお名前をお聴きしたのも、今日が久方振りである。

「カトル様、」

「ラウル様、どちらにいられるのですか―――」

正妃様のお名前がカトル様より出されたということは、カトル様は正妃様と面識があられるということだ。正妃様の病状は大丈夫なのか、カトル様に尋ねようとしたとき、部屋の中から私の名を呼ぶラビィの声が聞こえた。

「やばっ!」

「あ!」

ラビィの声が聞こえた瞬間、カトル様は踵を返して叢に消えていってしまった。他の人にばれる訳にはいかないようだが、ラビィは告げ口するような人間ではない。約束すれば、カトル様の存在も秘密にしてくれるだろう。
しかし頑なに第三者の発見を拒みこの場を後にしたカトル様の前には、机上の論でしか無かった。

「こちらにいらしたのですね」

カトル様の姿が完全に見えなくなって程なくして、ラビィが姿を現した。
私の姿を見て、明らかに安心したようだった。自分が席を外している間に、私の身に何か起きてないか。気が気ではなかったのだろう。

「何かお変わりは御座いませんか」

留守にしていた間、何か問題は起きていないかと問われる。
何か、と言われればカトル様が来訪されていたが、問題という点では何も起きていない。
寧ろ、ラビィの身に何か起きていないかが心配だ。

「何も問題はないさ。それより、ラビィの方こそ大丈夫だったか?」

私付きの侍女ということで、ラビィも謂われもない中傷や嫌がらせを受けてはいないか。それが心配でならない。ただでさえ、ラビィはこの後宮で孤立していた。他の妾后の侍女と全く交流している様子も無かったし、寧ろ茶会の場では他の妾后たちより辛辣な言葉を掛けられていた。

「私のことなど、どうでも良いのです。ラウル様の身が御無事ならば……」

「……そう自分のことを卑下するものではない。君が傷付けば、悲しむ者がいることを忘れてはならない」

「そんなこと……」

「……少なくても、ここに一人いる」

そして、もう一人。強力なラビィの味方を私は知っている。
私なんかよりも、もっと昔から、ずっとラビィのことを大切に想っている筈だ。

「ラビィ、自分のことをもっと大切にしてくれ。そうでないと……私は悲しい」

そして彼の人も悲しむだろう。

「…………ラウル様……」

ラビィが何故そこまで自分を卑下した発言を取るのか分からなかった。
私の言葉が、ラビィの中で大きな変化を齎してくれると良いのだが……。





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