[携帯モード] [URL送信]

姫と執事の話
あんしん
 夜。

 小さな明かりだけを頼りに、溜っていた書類を終えるため、サンジェスは一人、机に向かっていた。

 今夜は月が雲に隠れることもなかったので、目があまり疲れることもなくて助かる。

 最後の一枚に取り掛かろうとしたその時、ひかえめな音でドアをノックされた。

 こんな時間に誰だろう、と思いつつ、


「どうぞ」


 と声をかけた。

 しかし、ドアが開いた様子はない。

 聞こえなかったのだろうかと思いもう一度声をかけたが、やはり無反応のままだった。

 心なし乱暴に立ち上がり、ドアを開ける。


「どうぞというのが聞こえなかったのか――」


 一番最初に目に入ったのは、白い色。

 次いで、明かりを受けて夕日のような色に染まった金髪。


「……姫?」


 大きめの白い枕を抱きしめた王女リーシャが、そこにいた。


「…………」


 うつ向いたままのリーシャに、


「どうかしたんですか?」


 顔を覗き込むようにして訊ねると、


「……ゆめ」


 と、つぶやきが返ってきた。


「こわい夢をみたのだ……。それで、眠れなくなって……気が付いたらここに……」

「……では、お送りしますのでお部屋に戻りましょう」


 明かりを取りに行くために背を向ける。

 すると、クイッ、と服の裾を掴まれ、何ごとかと振り返る。


「……サンジェス。頼みがある」

「なんでしょうか」

「一緒に寝てくれないか」

(!?)


 驚きは、顔には出なかった。

 否。

 驚きすぎて、表情がおいつかなかったという方が正しいかもしれない。

 思考は一瞬、間違いなく停止していた。


「またここを歩くなど、こわくてできない……」

「ですから俺が送って――」

「それに、今日はもう、一人では眠れそうもないのだ」


 リーシャの声は、微かにふるえていた。


「……どうしても、無理なのですか?」

「むりだ」


 こうなってしまったリーシャは、テコでも動かない。

 頭の後ろをガシガシとかき、ふう、とため息をつく。


「――わかりました。ただし、今日だけですよ」


 なげやりに言ったその言葉で、やっと顔を上げたリーシャは、笑顔になっていた。


「うむっ」


 服の裾を掴んだままの手は、未だに震えていたのだけれど。




[次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!