第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の7
「頑張っていたことは、知っているわ。でも貴女は、カイトスとして生活していくことを選んだのよ」
「そのくらい、わかっているわ」
「わかっていないわ。お父さんを見ているでしょ? 大変な研究になれば、何週間も帰ってこなかったりと……」
それは、日頃のストレスをぶちまけるに等しい行為。旅行ひとつでここまで怒られるとは思ってもみなかったイリアは、思わず母親を睨み付けてしまう。そしてムスっとした表情を見せると、反論を開始した。これもまた母親同様、溜まったストレスを発散させるものであった。
「自覚を持たなければいけないというのは、お母さんの見栄でしょ。私は私で、一生懸命にやるわ」
「世間を知らない子供が、大きいことを言わない」
「私は、大人よ」
「貴女がそう思っても、まだ子供よ」
突然はじまった親子喧嘩に、父親は何も言うことができなかった。たとえ親子同士であろうとも、同性同士。無論、白熱した喧嘩にならないわけがない。売り言葉に買い言葉。収集は、つかない。
暫くその喧嘩を見詰めていると、父親は徐に口を挟む。その言葉に二人はピクっと身体を震わせ反応を見せると、声がした方向に視線を向ける。そして一言「御免なさい」と、謝った。
「このようなことで、喧嘩をしないでくれ」
「……すみません」
「今回の旅行だが、行かせてやってもいいだろう。あの研究所に、就職をしたんだ。祝いと思えばいい」
「あなたが、そう言うのなら」
流石にそのように言われたら、母親は素直に従うしかない。それに、イリアの就職先の凄さは理解していた。優秀なカイトスが集まる場所。それだけで喜ばない親は、いないだろう。
先程まで喧嘩を行っていた母親であるが、心の中では喜んでいた。
うちの子が――
正直、今でも信じられなかった。
だがそれは、紛れもない真実。
このような背景があるからこそ、母親はイリアの行動を心配した。あの場所は、普通の就職先と思ってはいけない。イリアは、そのことをわかっているようでわかっていない。母親が言うように、現実を見ていない。理想の中で生きている娘に、ただ溜息しかもれない。
母親の気苦労を理解していないイリアは、旅行に行けることを喜んでいた。そして嬉しさのあまり、父親に抱きつく。
「お父さん、有難う」
「今回は、きちんと予定を守りなさい」
「はい。わかりました」
しかしその言葉が信用できないのか、父親は頭を掻いていた。それは、以前の旅行のことが関係していた。予定通りに帰宅しない娘。それだけで、イリアに対しての評価が落ちだ。
しかし「娘だから」と、甘い一面を見せる。そのことに母親は気付いていたが、特に何も言わなかった。
「で、いくら必要なんだ」
「それは、まだ決めていないの」
「決まったら、早めにいいなさい」
そのことにイリアは無言で頷くと、抱きついていた父親から離れる。そして床に置いてあった荷物を手に取ると「部屋に行く」と告げ、その場から立ち去ってしまう。まるで、用が済んだとばかりに。
「いいのですか?」
「どういう意味だ」
イリアの後姿を見つめていた母親が、質問を投げ掛けてきた。だが返された言葉は、冷たい声音である。しかし父親は、質問の意図を理解していた。理解していたからこそ、淡々とした声音であった。
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