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第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の8

「確かに、立派な就職先です。ですが……」

「働くようになったら、自覚が芽生えるだろう」

「そうでしょうか」

「そう、思いたい」

 今の状況では、残念ながら期待する方が難しかった。流石に父親もそのことを見抜いていたのか、こればかりは本人が自覚してくれなければはじまらない。だが、期待はできない。

 思わず、肩を竦めてしまう。どうやら先程の会話で疲れてしまったのだろう、父親は腰掛けていたソファーから腰を上げると、キッチンがある方向へ向かう。そして、何かを探しはじめた。

 それは、ウィスキーが入ったボトルであった。

 滅多に酒を口にしない人物が、今日に限って酒を飲もうとしていた。先程のことで相当堪えたのか、表情に影が落ちていた。それは、娘の成長を素直に喜ぶ……とはいかない。ただ少しずつ変わっていく娘に、何も言えない父親の心情が表れている。母親も同じであった。

 だからこそ、酒を飲もうとしている夫を止めることはしない。ただ共に、酒を酌み交わすだけ。




 両親の心情に気付いていないイリアは、自室のベッドに腰掛け片付けを行っていた。カバンの中から出されるのは、小物類。そして、携帯電話であった。それを見た瞬間、昼間の出来事を思い出す。

(……そうだ)

 卒業前に、ユアンに会いたいと言っていた友人達。それを叶えるには、まずは電話をしないといけない。旅行のことでスッカリ忘れていたイリアは、慌てて電話をかけようとする。

 しかしユアンは、何かと忙しい身分。電話をかけて迷惑だと思われるのではないかと、心配になってしまう。だが、願いを叶えてあげたいという思いも存在した。何より、あの友人達の願いではない。

(うん。聞いてみよう)

 意を決し、イリアは電話を掛けることにした。しかし呼び出し音が鳴るだけで、相手が出ることはない。忙しい為に、電話に出る暇がないのか……イリアは溜息をつくと、電話を切る。そして暫く携帯電話の画面を見詰めていると、あることを思い出す。それは、例の二人の頼みごとであった。

(忘れている……よね)

 何も言わないということは、忘れている可能性が高い。だが思い出した瞬間、何を言われるかわかってものではない。卒業式まで油断できず、何より二人の我儘に付き合いたくなかった気持ちがあった。

 だが、ささやかな幸運が舞い降りる。それは、二人の問題行動が会議の議題となったのだ。

 それにより不用意な動きができなくなり、ソラの一件を忘れてしまった。もし議題にならなければ、ソラを会わせることになっていただろう。そして、ソラとの関係が悪くなってしまった。

 あの二人がラタトクスについて、どのように思っているのかわからない。だが、いい印象を持っていないことは確かであった。必要以上に、他人に厳しく当たるあの性格。そのことを考えれば、自ずと考えを導き出すことはできた。しかし、自身に対しては砂糖のように甘い。

 結果的に、予想外の方向へ進んでくれた。卒業が危うい二人に、ソラを会わせずに済んだのだから。それはイリアにとって喜ばしい出来事であったが、何故か素直に感情を表現することができない。そう、心の中に何かが引っ掛かっていたからだ。それは時折、チクっと疼く。


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