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第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の10

 特に、相手を懲らしめるという意味はない。

 よって、クスクスと笑っている。

「――どうぞ」

「有難うございます」

 イリアの目の前に、マグカップを置く。明らかに、中身が濃い。しかし、イリアは気付いていない。それが普通の色と思っているのだろう、特に反応を示すことはない。続いてユアンは、自分専用のマグカップをテーブルの上に置く。そして、ミルクと角砂糖を用意した。

 ソファーに腰掛けると、ユアンはコーヒーを一口含む。彼もソラ同様、ブラックコーヒーを好む。

 それを見たイリアはユアンと同じようにブラックコーヒーを楽しもうとするが、苦い液体。口に含んだ瞬間、吐き出しそうになってしまう。その為、複数の角砂糖を手に取るとマグカップの中にドボドボと入れていく。しかし、それでも苦かった。ユアンは相当の量を入れたのだろう、今まで角砂糖を入れたのは四個。だが、それでも飲めるものではなかった。

 イリアは顔を歪めつつ、懸命にコーヒーを飲み続ける。健康を第一に考えれば、残した方がいい。しかしイリアは、苦い味に耐えていく。「折角、ユアンが……」という涙ぐましい根性の影響だ。だが、身体が拒絶反応を示している。その為、今度は大量のミルクを注いだ。

 これなら、大丈夫だろう。その油断から、一気に口に含んでしまう。しかし、これくらいで飲めるコーヒーではなかった。ミルクを混ぜても、変化したのはコーヒーの色。それにより、イリアの顔色が徐々に悪くなっていく。だが根性で喉に流し込むと、大きく息を吐いた。

「どうした?」

「……い、いえ」

「そうか」

「あ、あの……」

「何だ?」

「何か……その……自分で、淹れてきます。ラドック博士は、コーヒーのお代わりはいりますか?」

「そうだな。貰おうか」

「は、はい」

 とうとうイリアは、コーヒーの味にノックアウトされてしまった。唇は完全に感覚を失い、微かに痺れている。それにこのまま飲み続けていたら、味覚が破壊されてしまう。そう判断したイリアは「コーヒーを淹れに行くと嘘を付き、捨てに行く」という結論を下した。

 しかしユアンは、イリアが何を仕出かそうとしているのかわかっていた。だが、敢えて気付いていない不利を演じる。ユアンは残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、イリアの目の前にマグカップを差し出す。そして、マグカップの半分くらいの量を欲しいと頼んだ。

「インスタントでいい」

「わかりました」

「ああ、クッキーがあった」

「そうなんですか」

「手作りだ」

「それは、凄いですね」

「まだ、食べてはいない」

「それは、勿体無いです」

 何か特別の物を期待しているのか、イリアは熱い視線を送っている。そもそもユアンは、甘い物を好んで食べるタイプではない。そしてこのクッキーの出所は、研究所の女子社員からの贈り物。

 それに外食の多い生活を送っているユアンだが、決して料理が作れないわけではない。しかし菓子類は得意分野ではなく、寧ろ下手に近い。それにより、イリアが望んでいる結末はない。しかしイリアは、熱い視線を送り続けている。完全に「ユアンが作った」と、勘違いしていた。


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