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第二章 揺らぐ心、不確かな絆
其の9

「どうした?」

「その……綺麗な部屋ですね」

「滅多に、使用していないからだ」

「それでも、汚くなってしまいます」

 掃除を専門に行う職業――その者達が隅々まで綺麗に掃除したような部屋を見てしまうと、褒め言葉しか口にすることができない。それにユアン曰く「時々、自分で掃除している」らしい。それを聞いた瞬間、イリアは更に驚く。そして何でもこなしてしまうユアンに、溜息をついた。

「凄いです」

「どうした?」

「私の部屋、ちょっと汚いのです」

「毎日使えば、汚くなってしまう」

「ですが、ラドック博士の自宅は綺麗です。その……何でもできる方って、やっぱり凄いです」

 それは、イリアの本心の感想だった。女性の部屋以上に綺麗な部屋を見て、このように思わないわけがない。それにこれは全て、ユアン一人で掃除しているのだから驚きであった。

「……褒めすぎだ」

「いえ、本当です」

「それなら、掃除のコツを教えればいいかな」

「はい。宜しくお願いします」

 ユアンの言葉に、イリアは嬉しそうに微笑む。それと同時に、女の子らしい一面を磨ければいいと思っていた。全て、ユアンを中心に物事を考える傾向が強くなっていた。一種の信仰心。イリアはファンクラブに加入してから、他のメンバーと同じ認識を持つようになってきていた。

 イリアの態度に、ユアンは口許を緩める。彼自身、イリアが使っている部屋の汚さは知らない。だがそのように言うのだから、それなりに汚いというのは間違いない。そのことに肩を竦めると、やれやれという表情を見せる。そしてユアンは、イリアをダイニングへと案内した。

「飲み物は、何がいい?」

「お任せします」

「では、コーヒーを淹れるよ」

 その言葉に続き、ユアンは暫くイリアの顔を見詰めた。一方イリアは真剣な視線を向けているユアンに驚き、赤面してしまう。そして俯き、身体を硬直させていた。すると自身が想像していた反応とは違うことにユアンは、クスクスと笑ってしまう。そう、イリアは実に初だ。

 ユアンが期待していたこと。

 それは「手伝います」という言葉。

 しかし、イリアはそれを言うことはなかった。それどころか、完全に固まってしまっている。

 当初、ユアンは手伝ってほしいとは思ってはいない。しかし、女性として生きているのだから「手伝います」という言葉を言ってほしかった。だが、イリアはソファーの上で硬直。こうなってしまうと、無理に頼むのは可哀想だった。そう判断したユアンは、黙々と準備を進める。

(インスタントで、いいか……)

 コーヒー豆を一から挽いて、コーヒーを用意してもいいと思った。しかし早くコーヒーを用意し、気持ちを落ち着かせてやらないといけない。その為「インスタント」で、用意をした。

 ユアンはポットに並々と水を入れると、それを沸かす。そしてマグカップをふたつ用意すると、無造作にコーヒーの粉末を入れていく。その時ユアンは、小さい悪戯をした。そう、イリアのマグカップの中にちょっと多めの粉末を入れた。一体、どのような反応を示すのか。

 それは、ただのお遊び。


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あきゅろす。
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