第一章 異端の力 其の2 「俺の笑顔は、無敵さ」 「はいはい、わかったよ。ほら、中に入れ。いつまでも開けていると、寒いんだよ。それに、風邪をひくぞ」 カディオの台詞を軽く受け流すと、ソラはキッチンに向かう。相手は気の知れたカディオだったので、何も用意しなくてもいいだろう。しかし“一応”客人であったので、飲み物を用意することにした。 長時間外にいたとなれば、身体が冷え切っている。これは自業自得なのでソラには関係ないことであったが、風邪をひかれたら見舞いに行かないといけない。これほど面倒なことはない。 「コーヒーでいいか?」 「おう! ミルクと砂糖たっぷりで」 あのように見えて、カディオは甘党なのである。コーヒーに使用する砂糖の量は半端ではなく、糖尿病の心配があるほどだ。しかし、毎回検査に行っても異常なし。どのような身体構造をしているのか不明だが、検査をした医師が不思議がっていたという話が残っている。 大食漢で甘党。尚且つ、健康管理に無縁の生活。聞く人が聞けば、羨ましい体質だ。しかし、これはカディオ独特のもの。他人が真似できる体質ではない。ソラはそのことを思い出し、肩を竦めてしまう。そしてカディオの為に、大量のミルクと砂糖を用意してやることにした。 「適当に、自分で淹れろ」 鈍い音をたてテーブルの上に置かれたのは、空のマグカップとスプーン。それに、インスタントコーヒーが入った瓶。それと、角砂糖とミルク。つまり、自分で作れということだ。 「作ってくれないのか?」 「お前の好みは知らない。だから、自分で作れ」 「たまに来ているんだから、好みぐらい覚えておいてほしいな。まったく、最近のソラは冷たいぜ」 「別に、普通だけど」 その声音には、感情が含まれていなかった。淡々と自分専用のコーヒーを淹れ、飲みはじめる。何とも冷たい行動。それに対して何も文句を言えないカディオは、渋々ながらコーヒーを淹れはじめた。 勿論、砂糖とミルクはたっぷりと淹れていく。ソラは以前、カディオ専用のコーヒーを飲んだことがあったが、あれは人間が飲む飲み物ではない。あれを飲んだ場合、糖尿病の他に虫歯の心配もしないといけないだろう。やはりカディオの身体はタフで、常人を越えている。 「で、何?」 「いやー、それがな」 「ふられたんだろ?」 「ど、どうして……そ、それを」 「わかるよ。それくらい」 失恋の傷が深かったらしく、カディオはマグカップを落としてしまった。ガツンと音と共に、黒い液体が広がっていく。二人の間に、微妙な空気が漂う。ソラはコーヒーをこぼしたくらいで、怒りはしない。だが、このコーヒーは別。そう、砂糖とミルクの影響でべたつく。 「……お前」 「わ、悪い」 「まったく……汚すなよ」 文句を言いつつソラは雑巾を持って来ると、丁寧にゆっくりとコーヒーを拭いていく。しかし、ベタっとした質感は残ってしまう。その間、カディオ何もすることはない。ただ呆然と立ち尽くし、ソラの仕事を眺めている。顔は、真っ青であった。そして、後悔の念に苛まれる。 [前へ][次へ] [戻る] |