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アイザキガカリ
30
 帰り支度をして自転車置き場についた頃には陽はすっかり暮れていた。
 部活を終えた生徒が帰る時分なのか結構人がいる。みんなこんな時間まで練習してるなんてすごい。

 俺もどこかの部に入ってみようか。
 この時期に入れてくれるところがあるかわからないけど、そうすればいくらか気が紛れるかもしれない。
 
 そんなことを考えつつ自分の自転車を出そうとした時、後ろから自分を呼ぶ声がした。
「いっちゃーん!」
 振り向くと自転車にまたがった高田がいた。新しく相崎の家に行くことになった奴だ。
「こんな時間までいるなんて、めずらしいじゃん」
「うん。ちょっとな…」
 曖昧に言葉を濁すと、高田は日焼けした顔を綻ばせた。
「ちょうどよかった。あのさー、今日これから相崎の家寄るんだけど、つきあってくんね?相崎係の引継ぎしてよ」
 それは思いもかけない申し出だった。

 
 相崎のマンションに向かいながら聞いたところによると、高田は知らないマンションに一人で行くのが嫌だという。
 気持ちはわかる。俺もなんだか嫌だった。
 これからも相崎の家に行くときはつきあうと思い切って言ってみようか。
 高田のためではなく、自分のためなのが少し後ろめたくもあるけど。
 ほどなく相崎のマンションに着いた。いつも自転車をとめさせてもらうコンビニも、警備員も、ちょっと懐かしい。
 緊張を隠しながら高田を連れてマンションに入る。
 インターホンの前に案内すると、高田が言った。
「あ、今日はいいよ。呼ばなくて。ポストに入れるだけにしとく。ポストってどこ?」
 あれほど会いたいと思っていたのに、その高田の言葉にほっとした。
 もしも応答がなかったら、自分が瞬く間に落ち込むことがわかっているからだ。どこまでも俺は意気地がない。
「警備員の人に言って鍵開けてもらうんだ」
「へー。ウチはポストあるとこは配達する人は自由に出入りできるけどなー」
 警備員に言ってポストの小部屋の鍵を開けてもらった。
 以前は毎週のように来ていた場所だ。
 あの頃は相崎のことは知らなくて、ずっと線の細い小さい美少年だと思ってた。
 だけど実際に会った相崎は、背が高くてものすごい美形で、いい香りまでして。あのときは本当に驚いた。
 完璧に見えるのに、自転車に乗れなくて魔法使いになりたくて、顔立ちのせいで冷たそうに見えるけど、意外とよく笑う。
 
 高田がプリントを鞄から取り出している間、俺は掲示板に目を向けた。
 熊のクリップはどこにもついていない。そうだろうと思ってはいた。だけど、もしかしたらとも思ってた。
 これでわかった。相崎は、もう俺のことを待ってはいない。それを思い知らされたようで、俺はのどの奥から勝手にせりあがってくる熱をこらえるためにぎゅっと目を閉じた。
 
 
 結局、高田には何も言わなかった。
 戻ってこなかったクリップが相崎の意思表示のように感じ、ただ相崎が学校にくるのを待ち続けることにした。
 学校を辞めなくて良かったと言っていたから、きっといつかは来る。
 そう信じるしかなかった。
 しかし、制服が冬服に変わってしばらく経ったころ、その知らせはまるで追い討ちをかけるかのようにもたらされた。
 朝、席に着くと裕介が困惑したような表情でやってきた。
「いっちゃん知ってた?相崎退学だって」
 頭の中が真っ白になった。

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