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アイザキガカリ
22
 相崎の住んでいるマンションの辺りは再開発の進んでいるところだ。
 俺の家からはバスか自転車か、がんばれば徒歩でといった距離で、そのわずらわしさから俺はこっちには滅多に足を運んだことはなかった。
 だから俺は学校と相崎の家と自分の家をつなぐ道の景色しか知らず、こうして町を歩くとその様相についつい目を奪われる。 広い歩道、新しいマンション、洒落た店、小さな犬を連れた小奇麗な女の人。
 俺が住んでいる辺りとはぜんぜん違う、同じ町にあるとは思えない雰囲気だ。
 そんな街中を抜けて、木立の並ぶ整備された道を並んでしばらく歩いた。
 その辺りは街中とは違い、人気も車もほとんどなく静まり返っていて、蝉だけがうるさかった。
 相崎の後をついてその道を外れて何かの施設の脇の狭い通路を進み、そこのつきあたりにあるフェンスを乗り越える。
 相崎は両手をフェンスのふちにかけてひらりと華麗に飛び越えたが、運動神経にとりたてて自信があるわけじゃない俺はやっとのことでフェンスの上にまたがった。
「さすがだなあ、相崎」
 フェンスの上から照れ隠しとばつの悪さにそう賞賛を送ると、相崎は目深に被っていたキャップのつばをちょっとあげて得意そうに笑った。
 どうにかフェンスから降りて、さらにその奥にあった建物の脇を抜けると芝生に覆われた広大な広場にでた。
 広場の果てには海が見え、自分の生まれ育った町が一応は海に面していることを俺は久しぶりに思い出した。
「なにここ。すげえ」
「こっちだ、来いよ」
 もうしばらく見ていたかったが、相崎の後に続く。
 さっき脇を通った建物の外階段を上って2階へ行くとそこは食堂になっていた。
 レストランというにはくだけすぎていて、なんだか学食みたいな雰囲気のところだった。
「お前、何か食うか?」
 食券機の前で訊かれたが、俺は首を横に振った。
 相崎は日替わり定食の券を買い、俺はコーラをかった。
 カウンターで注文を受け取り、さきほどの広場をみわたせる窓際のテーブル席に座る。
 食堂は高校の学食よりずっと綺麗で新しく、しかし世間では平日だからなのか閑散としている。
「もっと海の近くにいけるのかな」
 久しぶりに見る海に俺はもう夢中で、窓からみえる海を眺めた。そんなに綺麗な海じゃないと知ってはいるけど、それでも夏の陽に照らされて光る海は綺麗だと思った。
「ずっといくと海岸沿いの遊歩道に降りられる」
「よく来んの?ここ」
「考え事とかしたいときにな」
 海と美青年と考え事。なんだか絵になりそうだ。
「なに笑ってんだよ」
「いや、なんかさ、やることなすことかっこいいなって思ってさ。相崎って完璧だよね」
「完璧?」
「かっこいいし、運動神経いいし、頭いいし、けっこう優しいし」
 俺にとっては本当に眩しく感じる。
 なにより俺は相崎がいつも堂々としているところがいいと思っている。憧れていると言ってもいいくらいだ。いつも他人の顔色ばかり伺ってしまう自分とはまったく違う。
「…俺ほど不完全な人間もそういないと思うけどな」
 しかし相崎は俺の心からの賞賛に対してつまらなそうにそう言った。
「どこがだよ」
「………」
 相崎は食べる手を止めて何か逡巡した後、少し笑って言った。
「…実は自転車に乗れない」
「うそ」
「マジ。チャリなんて不安定なものに乗れる奴が驚異だよ、俺には」
 そういう相崎がなんだか可愛くて、だけどなぜか誤魔化された気もして、俺は笑うことしかできなかった。

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