[携帯モード] [URL送信]

アイザキガカリ
16
 てっきり断ってくれると思ったが、意に反して裕介は承諾した。
 俺たちは駅前で女の子たちと落ち合い、そのあとカラオケへ行った。
 結論からいうと、情けなくもというか、やはりというか、俺は女の子と上手くしゃべれなかった。
 そこにいた女の子たちは、みんな細くて明るくて可愛くてちょっと派手で、もしも同じクラスだったらお近づきにもなれないような子たちばっかりで、要するに俺は完全に萎縮してしまったのだ。
 それでも気を使ってくれたのか、彼女たちはいろいろ話しかけてきてくれて、それでどうにか会話がつながる感じだ。
 俺は会話するのにいっぱいいっぱいになってしまって注文した料理に手をつけることすらもできず、相崎はさすがというか一番大人っぽくって一番綺麗な子とばかり話していて、ときおりその子の笑い声が離れた席にいる俺のところにも聞こえてきた。
 裕介は裕介で飄々とした感じで女の子の一人と、誰々の新作はどうだっただの、あのシリーズは読んだかだのとミステリーの話題で盛り上がっているようだった。
 つまりは俺一人がダメな感じだ。
「ねぇ、相崎くんて市川くんと一番仲がいいんでしょ?」
 誰に聞いたのか突然、俺の前に座っていた女の子が聞いてきた。
 俺がどうこたえたものかと思案していると、すかさず横からクラスメイトが口を挟む。
「仲がいいもなにも。市川は相崎係だからさ」
「えー、なにそれぇ」
 俺がそれまで話していた隣の女の子も乗ってきて、俺はひやりとした。
 何も今そんな事いうことないじゃないか。言葉の意味を説明するには、相崎が学校に来ていなかったことから言わなければならず、こんな所で触れるべきことじゃない。少なくとも俺だったら嫌だ。
 なぜか得意げな顔をして説明しようとするクラスメイトを俺が止めようとした時だった。
 冷ややかな声が響いた。
「アイザキガカリ?」
 とたんに場に沈黙が訪れる。
 声の主は相崎だった。綺麗な子と話していて、こちらの話は聞いていないと思っていたから突然の割り込む声に俺は驚いた。それは周りの奴らも同じなようでみんなやばいといった表情でお互いに目配せしている。
「なんだ?相崎係って」
 それと対照的に表情を失くし静かに問う相崎には妙な迫力がただよっていた。
 口もとこそは笑みの形を作っているものの、目は全く笑っていない。
 こういう笑い方もできる男なのだと初めて知った。ただひたすら綺麗なものだと思っていたのに。
 うっかり口を滑らせてしまった奴は一度は笑ってごまかそうとしたが、相崎が作り出したといってもいい冷ややかな雰囲気に押され顔色を失くしていく。
 女の子たちは急に変わった空気に戸惑ったように顔を見合わせ、俺を含めた残りの男共は何も言えなかった。
『相崎係』が揶揄を含んだ表現だとみんな思っていたからこそだろう。
 その空気を打ち砕いたのは、裕介の声だった。
「いっちゃんのことだよ。いっちゃん、相崎んちにいつも行ってるだろ。だから相崎係」
 この雰囲気の中、こともなげに言ってのける友人に驚いた。
 そして同時に感動した。直接の理由は言わず、けっして嘘ではない事のみを告げるのは裕介の才覚にほかならない。
 裕介は決して鈍感な奴ではないから、無意識にそうしたのではなく機転をきかせたのだろうと思う。
 だがそれでこの空気が変わると思ったのは俺だけだったらしい。
 俺の横に座ったクラスメイトがますます身体を硬くしていた。そして余計なことを言いやがって、というように裕介を睨む。
「なるほど。『相崎係』か。悪くねぇな」
 しかし、当の相崎はそう呟くように言ってから笑った。先ほどの凍りつかせるような微笑とは違い、心の底から面白いと思っているかのような微笑みだった。
「おい、相崎係。こっちこいよ」
 そして俺を手招きする。
 周りもまるで相崎の機嫌をとるかのように囃し立て、そんな空気に押されて俺は相崎の隣に腰を下ろした。
 すると相崎はふざけて長い腕をまわして俺の肩を抱き、まるで社長とうだつのあがらない社員といった体勢の相崎と俺をみてみんな笑い、空気は完全に元のなごやかなものに戻った。
 
 場がざわめきを取り戻してからも、相崎は俺の肩から手をどけなかった。それどころかだらしなく体重をかけてくる。重い。
「お前、何も食ってねぇだろ」
 そのままの姿勢で相崎が言った。それは俺にだけ聞こえるくらいの声だった。
「うん。ちょっと緊張しちゃって…。ちょっと食欲が…」
 なんで知ってるんだろうと思いつつ答えると、相崎に飲みさしのウーロン茶のグラスを俺に押し付けられた。
 俺のグラスは俺の元の席におきっぱなしだったから、おそらくたぶんその代わりに自分のをくれたのだろうと思う。
 礼を言ってから一口飲むと、自分がちょっとほっとしていることに気づいた。
 なんだかんだ言って、相崎の隣に来られて良かった。さっきより格段に気が楽だ。
 もしかして俺が緊張してることに気づいて、自分の方に呼んでくれたのかなとふと思った。
 考えすぎかと思ったがありがとうと言ってみると、相崎は瞳だけで微笑んだ。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!