‡小説‡
『還るべき場所』(9)終
山本は、獄寺の部下から受け取った書類を抱えると、件(くだん)の主を探していた。
早く捕まえないと、そろそろ毎日の長い日課へ出掛けてしまう時間だ。
山本は重苦しく溜め息を吐くと、辺りを見回した。
すると、目の端に艶めく銀糸が目に入る。
「獄寺!!」
名を呼ばれた主はゆっくりと振り返る。
予想通り、これから毎日の日課に出掛ける処だったのだろう。
面倒くさそうに立ち止まると、「邪魔をするな」とでも言いたげな視線を向けられる。
「?」
態度はいつもと変わらないのに、なんだかいつもと違って見えるのは、自分の気のせいだろうか…。
「なんだよ。鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって。」
きょとんと見ている山本に、獄寺は怪訝な表情で言葉を投げかける。
「え?そんな顔してたか??」
山本は自分の顔をペタペタと触ると、再び獄寺に向き直る。
「お前の顔なんてどうでも良いんだよ!
用がねぇんなら、行くぞ!」
踵を返して歩き出そうとする獄寺を、山本は慌てて止める。
「あ!ま、待てって!!お前を探してたんだよ!」
「…なんだよ…?」
獄寺は足を止めると、山本の方に向き直り、煙草に火を付ける。
「あ、ああ!
あのな、昨日、お前が見当たらないとかで、お前の部下から書類を預かってんのな!!」
「ぁあ!?…ぁんの、バカが。
いつも、直接俺に渡せっつってんだろが!!」
最後の方は、独り言のように吐き捨てると、獄寺は山本が抱えていた書類を受け取る。
「怒ってやるなよ。
お前が見当たらないって、相当困ってたみたいだぞ。」
「そうか…」
獄寺は、書類に軽く目を通すと、「相変わらず、汚ねぇ字だな」と吐き捨てる。
煙草をくわえ直すと、獄寺は顔をあげ、
「悪かったな。これは受け取っとく」
と言うと、今度こそ歩き出した。
愛しい主の元へと。
山本は意を決すと、獄寺の背中へ声を掛ける。
「おーい!獄寺ぁ!!
晩メシまでには帰って来いよー!
今日は、特別にビアンキさんが作ってくれるってよぉ!!」
「ぶっ!!
だ、誰が食うか!
ふざけた事ぬかしてんな!
野球バカ!!」
獄寺は悪態を吐くと、そのまま毎日の日課へと出掛ける。
心なしか、いつものように引き摺るような、重苦しい足取りではないようにも見えた。
小さな違和感。
小さな変化。
久しぶりに聞いた呼び名。
山本は、自分の体から力が抜ける様に、その場にしゃがみこんだ。
「武兄!!」
廊下にしゃがみこんで動かない山本を見つけて、驚いたフゥ太が駆け寄る。
「どうしたの!?どこか具合でも悪いの!!?」
「いや、なんでもねぇよ。
心配しなくて良いからな。」
顔も上げずに力無く言葉を吐き出すと、いよいよ心配になったフゥ太は、泣きそうな声で山本の背を撫でる。
「は…隼人兄もあんな状態で、部下の人達だってあんなに疲れてるのに、…た、武兄まで…そんな風になっちゃったら…、…も…僕ら…どうすれば…良いのさ!」
最後の方は嗚咽にも似た涙声が聞こえ、山本はゆっくり顔を上げると、優しくフゥ太の頭を撫でてやった。
「…?…
武兄? ズッ! …なんか、嬉しそうだね」
「へ?そうか??」
フゥ太に言われて、自分の顔を触ると、どうやら自分が笑っているのだといることに気付く。
山本は、先程の獄寺とのやり取りを思い出して、やはり顔が緩む自分に気付く。
「…なぁ、フゥ太。獄寺は…多分もう少し、大丈夫だ。」
「え?」
「だから…ツナの為にも、俺らが頑張ろうな!」
「 ズッ! う、うん。」
山本は「なんだか腑に落ちない」という表情のフゥ太の頭を撫でてやり、「よし!」と気合いを入れると勢い良く立ち上がる。
窓の外には、遠く、小さくなった獄寺の背中が見える。
『大丈夫だよ』
「!」
「どしたの?武兄??」
「……いや、何でもない…」
そうだ。自分達には、まだやらなければならない事が残っている。
自分達がやらなければ…。
何より、今まで自分達を守ってくれていた彼の為に。
何より大事な、親友の為に!
俺達の大事な『場所』を護り続けよう。
「まだ、大丈夫だぜ!俺達は。」
「?」
怪訝な表情で振り返るフゥ太の肩に腕を乗せ、山本は歩き出した。
窓の外には、雲一つない大空が青々と、暖かく広がっていた。
-END-
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