‡小説‡
「目蓋の裏の倖せ」
重い足を引きずりながら、それでも目的の場所へと足を進める。
そこは、周りを緑に囲まれ、まるでそこにある宝物でも守るかのように、植物が生い茂っていた。
しかし、自分がそこへ足を踏み入れると木の茂みの中から、一筋の光がある場所へと降り注いだ。
まるで「此処に宝物があるよ」と…
自分が行くべき所はそこだ!
と指し示しているかのように−
自分が守るべき人の元へと足を進める。
その場所へ着いてしまえば、何時間、何十時間…、下手をすれば…いや、しなくとも何日だってその場所に居られるというのに…
その場所へ運ぶ足取りは、重い…
自分は、主の『守護者』だった。
自分が唯一『主』だと誇れる人の『守護者』だなんて立場にいられるのは、幸せな事だった。
それだけではなく…
彼は自分の…
唯一無二の存在だった…
今だってその思いは変わらない。
むしろ、強くなった程かもしれない…
いや、それは気のせいではないのだろう。
今だって、彼の表情を…、自分に向ける笑顔を…、自分を呼ぶ声を…、自分に触れる仕草を…、自分を見つめるあの琥珀の瞳を……思い出すだけで胸が熱くなる。
『あの日』…
『あの日』の朝までは…
いつものように、優しく微笑み、そして何よりも甘い声で−
「獄寺くん−…」
自分の名を呼んでくれたのに…
彼と過ごした甘い時間を思い出すだけで、胸が奮える−…
『あの日』…
彼を目の前で奪われたその日から、体中の水分は出尽くしたのではないか?
というくらい流したであろう涙は、決壊した堤防から流水するかの如く、何時までも何時までも、止め処なく流れ続けた。
「じゅ…だい…め…」
嗚咽にも似た声を絞り出せば、また一筋の涙が頬を濡らした。
彼への想いを反芻しながら歩いていると、
もう少しで彼の元へ着こうという処で、
『ボフンッ!!』
と、爆発音にも似た音が響いた。
獄寺は、頭が真っ白なり、目を見開いた。
爆発音がした先には、彼が眠っている!!
霞む瞼を袖で拭うと、先程の重かった足取りが嘘のように、彼が眠る場所へと一目散に駆け出した。
『もう誰にも、彼に触れさせない!』
『もう誰にも、彼を傷付けさせない!』
『もう誰にも、彼を奪わせない!!』
軋む様に打ち付ける心臓の痛みを、灼けるように渇いた喉の痛みを振り切って、走った。
「誰だっ!!!」
殺気も隠さず、彼の眠る場所に居座る人間を見据える。
しかし辿り着いたその先に居たのは−
「あなたは−…!」
その姿は記憶よりも小さく。
その表情は記憶よりも幼く。
「ご、獄寺…くん…?」
その声は、記憶よりも少し高い。
しかし、自分が見紛う筈がない。
愛しい愛しい、その人の懐かしい姿。
会いたい、触れたいと恋い焦がれた、その人の幼い姿−。
獄寺は、その場に崩れ落ちる様に膝を付いた。
そして、思わず抱きしめたい衝動に駆られ、その衝動に任せて自分の胸に掻き抱きたかったが、
その小さな肩を掴み、
「十代目!」
と呼ぶと、
驚きで、琥珀の瞳がこれ以上無い程に見開かれる。
獄寺はその表情を見て、本能的にその衝動を抑えた。
この人は、確かに自分の愛しい人だが、自分と愛を語らい合った彼ではない。
自分と共に時間を過ごした彼ではないのだ。
獄寺はうなだれると、
「すみません。すみません。
すみません。すみません。」
と、うわ言のように呟いていた。
『目の前の彼は、同じだけれど別人。』
頭では分かっているつもりだが、それでも謝罪の言葉を吐き出さずにはいられなかったのだ。
彼を護りきる事が出来なかった。
その事実だけは、変わらないのだから…。
「い、痛い!痛い!!痛い!!」
綱吉の叫びで、獄寺は現実に引き戻されて顔を上げる。
自分でも思いの外、彼の肩を掴む手に力が入っていたのだろう。
今度は「すみません。」と、目の前の彼に対して謝罪した。
「あ、あの!オレ!!
ランボの十年バズーカで、十年前から来た沢田綱吉ですけどっ…!!」
慌てて、焦って、自分に対して自己紹介を捲くし立てる綱吉を見て、獄寺は少し冷静さを取り戻した。
そして、目の前でワタワタとしている愛しい人と、今も目蓋を閉じると蘇る愛しい人。
思いを馳せながら、目を閉じる。
今度こそ−
今度こそ彼を護らなければ…。
時間を戻す事など出来ない。
しかし目の前の彼が、5分経って過去へ戻れば…。
過去を変える事が出来れば…。
少なくとも、目の前の彼は救えるかもしれない…。
自分の手で護れない事に歯がゆさを感じながら、獄寺は告げる。
「ある男を消して欲しい」と。
嗚呼、どうか。
願わくばもう1度彼に触れたかった。
嗚呼、どうか。
願わくばこんな哀しい未来を迎えないで下さい。
どうか…
どうか……
‐END‐
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