はじまりの恋
告白/12
駅までの一本道。それはほんの二十分程度の時間だった。けれど二人並んで歩いたそんな時間は、それ以上に藤堂という人間を、強く印象付けてくれた気がした。
優しく綺麗に浮かべる笑みがすごく温かくて、ほんの些細なことさえも気にかけてくれる心配性。そんな彼は触れることで安心するのか、すぐに手や髪を触りたがる。そしてその触れる手は大きくて優しい。けれどいつでも気持ちに真っ直ぐな彼の行動に、こっちは慌てふためき、動悸がひどくてたまらない。最近じゃ恋愛偏差値ゼロに等しかったのに、急にこんなテンションのアップダウンは身体に悪い。
でも悔しいことに、彼のすることなすこと、嫌悪するどころかまったく悪い気がしない。
「今日は先生に会えて嬉しかったです。おやすみなさい」
初めて届いた藤堂からのメール。なんてことはない、たったそれだけの一文にさえも僕はひどく動揺し、もたれた電車のドアで額を打った。久しぶりに高揚し、脈打つ心臓が自分のものではない気さえした。
少し前までほとんど知りもしなかった相手に、こんな風に感じるのは初めてだった。
そしてそんな彼が何故かいま、また僕の目の前でにこやかに笑っている。ここは僕が一日の大半を過ごす教科準備室だ。訪ねてくる生徒も少ない辺境な場所にあるのだが。
昼のチャイムが鳴ってしばらくすると、彼は昨日と変わらぬ優しい笑みを浮かべここに現れた。しかし昨日の今日で、こんなに早く会うことになるとは思わず、正直僕は面食らった。
「先生、好き嫌いとかありますか?」
「いや、ない」
「玉子焼きは甘いのとしょっぱいのどっちが好き?」
「んー甘いの?」
机に向かいプリントの採点をしている横で、藤堂はニコニコと僕の顔を眺めている。長い足を優雅に組み、頬杖を付く様はいささか薄暗いこの部屋の中で眩しいほどだ。
「で、なんの質問」
先程から延々と食べ物の好みを聞かれている。さすがに気になり藤堂の顔を見ると、ほんの少し驚いたように瞬きをした。
「先生の食への質問です」
「いや、さすがにそれはわかるけど」
なんのためらいもなくそう答えた藤堂に戸惑いながら、思わず眉を寄せればふいに藤堂は立ち上がる。
「先生がこんな食生活だとは知らなかったので」
藤堂の腕が伸び、机の上に転がった箱を掴む。振るとカタカタと鳴るそれはお手軽な固形栄養食。
指先でそれを摘みながら藤堂は僕を見下ろし目を細める。
「食堂へ行くのが面倒と言うのはまだ良いとしても、購買行くならもっとましなもの食べませんか」
「あぁ、パンとかおにぎりとかってこう、片手に持ってもなんかボロボロと」
「ながら作業で食事しないで下さい」
言い訳はバッサリと遮られた。なかなか手強い。
「意外と先生って食に興味ないタイプですよね。朝晩もこんな感じなんでしょうね」
「う、否定はしないが、毎日昼がこれってわけじゃないぞ」
朝はまず食べない。夜も食べたり食べなかったり。腹が減ったら食べる。空かなきゃ食べない。それが普段の食生活だ。
「お節介することにしました」
「……?」
手にした箱を元の場所へ戻し、藤堂は急に真剣な表情を浮かべる。
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