はじまりの恋
告白/11
突然の出来事に一瞬心臓が大きく跳ね上がり、止まりかけた。身じろぎすると、背中に回された藤堂の手に力が入る。
「少しだけ、少しだけで良いんです」
逃げないで――と、優しく耳元で囁かれれば、不思議と身体の力が抜けていく。僕は触れる手やその声から意識をそらし、どうにかやり過ごそうとした。けれどどんなに気づかないふりをしても、はっきりと伝わるほどに大きく打つ藤堂の心臓の音は消せなかった。
それが伝染するように僕の心臓までも早鐘を打ち始めた。
「すみません」
「いや」
どのくらいの時間が過ぎたのかはわからない。ふいに藤堂の身体が離れ、間を通り抜けていく風に熱が攫われていく。けれど申し訳なさそうに俯いている彼の手は、僕の指先をいまだ握ったままだ。
「……藤堂」
小さく名前を呼び、ほんのわずか指に力を込めれば、名残惜しそうに藤堂の手がそこから離れていった。指先から感じた寂しさに、僕の気持ちまでも染められそうになる。
「帰り道気をつけろよ」
「はい」
目と鼻の先にある駅に僕は有無を言わせず強引に歩みを進めた。このまま一緒にいると、藤堂のペースに飲み込まれそうで怖くなったからだ。
そんな僕の様子に、藤堂は少しだけ何か言いたげに口を開いたが、僕の気持ちを察してくれたのか、すぐに小さく頷いた。
「じゃぁ」
歩くスピードが弱まる藤堂の背を叩き帰宅を促すと、僕はそれに気づかないふりをして片手を上げる。
「お疲れ様です先生……また、明日」
ほんのわずか、寂しそうな表情を浮かべた藤堂に胸が痛んだのは内緒だ。
「あぁ、また明日」
会釈をし、足早に駅へ向かい歩き出した藤堂の背中を見つめる。何度か振り向きながらも改札の向こうに消えた、その背中を確認して大きく息を吐いた。
「なんか動悸がする」
どこか大人びた仕草や表情。藤堂は人の気持ちを先回りして考えられるような、びっくりするほどイイ男だと思う。大きな包容力にうっかりほだされてしまいそうなほどだ。
「あんな風にお願いされてしまうと、強く突き放せないもんなんだな。自分の駄目さ加減がひど過ぎてヘコむなこれは」
うな垂れ肩を落とすとぐしゃぐしゃと頭をかき回す。藤堂に触れられた感触がいまだに残っている気がした。
「なんでこんなに動揺してるんだよ自分」
流されやすい性格が今更ながらに露見して泣ける。元々自分は押しに弱く、踏み込まれると拒めない性質なのだが、藤堂はどこか目が離せなくて、芯があり強そうに見えるけれど、どこか脆そうにも見えて近づきたくなる。
「ずっとあの調子で来られたら本当に流されるんじゃないか?」
彼の持つギャップとそらせないくらい真っ直ぐな瞳に、既に捕まってる気がするのは気のせいか。
「はぁ、トラップってこれか? 計算か?」
ふいに片平の言葉が頭を過ぎる。でも、藤堂といるとすべてが偽りに見えないし、嘘など感じない。
「策士っていうか、なんというか」
罠を仕掛けられなくても、うっかりどこかに引っ掛かってしまいそうだ。やはりそれくらいの魅力を藤堂は持っている。
ちっとも胸のモヤモヤを解消しきれぬまま、大きなため息と共に重い足取りで、僕は駅へと歩きだした。
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