デートではありません
穴があったら入りたい!
二人の笑い声に我に返り、一体何を口走ったのだと突っ込みたくなった。
好きですって何だよ、好きですって。しかもだから子分にして下さいとか。意味がわからないじゃないか。
恥ずかしくって顔を伏せると、肩に置かれた手が離れていった。
「っ……サエッ!何吹き込んだんだ!?」
「えー?名指しでオレ?」
「子分なんて言葉使うの他にいないだろ!」
振り返ると、万里先輩が赤メッシュ様に詰め寄っていた。何か、怒鳴ってる万里先輩って初めて見た。並木先輩相手の時は、静かにキレてたから。
やがて頭痛そうにおさえてため息一つ落とすと、万里先輩がこちらに振り返った。
「西田君、行こうか。途中まで送っていくよ」
「え?でも」
「ここら辺、少し危ないから」
はい、と金髪さんから取り返してくれたカバンを渡される。奥の様子を窺うと、ヒラヒラと手を振られたので会釈しておいた。
「ごめんね、西田君。迷惑かけちゃって」
「いえ、こちらこそお手数をおかけしてしまい……助かりました。ありがとうございます」
店を出て、万里先輩と並んで歩く。どうしてこんな状況にと、思わなくもないけれど。
ちらりと盗み見た万里先輩は、申し訳なさそうな表情をしていて。
「あっあの」
「うん?」
「さっきは、勢いでってのもありましたけど、でも、本心ですから」
まっすぐに見上げて告げる。
「本当に感謝していて……役に立ちたいんです。だから……」
言い終わる前に顔をそらされてしまった。やっぱり、迷惑だっただろうか。どうしよう。困らせたいわけじゃないのに。
不安になって見つめていると、その内深呼吸をするように肩が一度大きく上下する。そうして、振り向いたときには穏やかな笑みを浮かべていた。
「じゃあ、子分じゃなくて友達になってくれないかな?」
「へ?」
「ほら、オレの周りあんなんばっかだから。普通の先輩後輩の付き合いだとか遊びだとか経験なくて。西田君が友達になってくれたらとても嬉しいな」
心持ち早口に告げられた言葉に、理解が追い付かず数度瞬く。え〜と。これは。うん?
「オ、オレでよければよろこんで?」
「うん。西田君がいいんだ。ありがとう」
清々しい笑みを前に、よくわからないままもよかったと安堵する。そして早速次の休みに遊ぶ約束をした。でも、万里先輩とオレが友達?
喜んでくれてるみたいだから、これでよかったんだよ、な?
そして待ち合わせの当日。かなりの緊張と共に待ち合わせ場所に向かう。昨夜はあまり眠れなかった。朝は早くに目を覚まして。
それというのも、スミが変なことを言うからだ。
万里先輩と二人で遊ぶことになったとスミに報告したら、何故かデートかと訊ねられた。どうしてそうなるのか全くもって理解できない。
できないが、万里先輩と二人きりで会うのだと、唐突に実感がわいた。あの万里先輩と。わざわざ休日に待ち合わせて。しかも私服で。二人きりで。
万里先輩の私服ってどんなだろうか。オレは何を着ていけばいいのか。いや、普段着で問題ないだろ普段着で。あれ、普段どんな服着てたっけ?
てか、遊ぶって何して?普通のって言ってたから、いつも友達としてるようなことでいいかな。あぁ……何してたっけ。何かくだらないことばかりの気が。
ぐるぐる、ぐるぐる迷って、ええいままよと家を出た。緊張して、少し早く出たはずなのに、万里先輩はすでに待っていた。
人は多いのに、それでも万里先輩は目立っていた。髪色のせいだけでなく。近くにいる女の人が、チラチラと気にしているのがわかった。
あ、あの人と待ち合わせてるの、オレでいいんだよな。声、かけていいんだよな。
存在感に圧倒され、戸惑っている内に万里先輩がこちらに気づいてしまった。慌てて駆け寄る。
「お、おはようございます」
「おはよう。西田君」
優しい笑みで迎えられて、何だろう。なんかドキドキする。男のオレから見ても格好いい。
「さて。どこか行きたいとことか、したいことある?」
「え?……あ、その」
ええいままよとやって来たものの、やっぱり何も思い付かない。普通の遊びをしてみたいってことだから、オレがしっかりしなきゃなのに情けない。
必死に考えてると、クスクス笑うのが聞こえてきた。
「じゃあ……今、見たい映画あるんだけど、付き合ってくれる?」
「はい、よろこんで!」
万里先輩が見たいと言っていたのは、動物ものの映画だった。こういうのが好きなんだと、意外に感じる。
オレはといえば実は少し苦手だったりする。嫌いではない。むしろ動物は好きだ。でも、だからこそ、映画とか少し辛いものがある。ドキュメントにしろ、フィクションにしろ、ノンフィクションにしろ。
薄暗い館内。隣の席に座る万里先輩を、やけに近く感じる。いまだにこうして先輩と一緒にいるのが信じられない。
どうしたって気になって。チラチラと様子をうかがう。目があうと穏やかに微笑まれてしまい、どうしたら良いかわからなくなった。
こんなんじゃ、全然映画に集中できない。
隣の存在ばかりが気になって、話の内容はまるっきり頭に入ってこないだろう。そう、思っていたけど、気づいたらしっかり引き込まれていた。
終わる頃になると、目が潤みかけてさえいた。けれど、どうにか涙を溢さずに済んだ。気づかれぬよう、ゆっくり深呼吸して落ち着かせる。
「ごめんね。付き合わせちゃって」
「いえ。感動しました」
特に、仔犬のミミが飼い主探して必死に鳴いてるとことかヤバかった。あの切な気な鳴き声は反則だ。
「普段から動物もの結構見たりするんですか?」
「んー、普段はあまり見ないかな?他の奴らが何か見てるのを、横から眺めてる程度で」
「他の?」
「この前の。西田君に迷惑かけた奴ら」
言われて思い浮かぶのは、赤メッシュ様と金髪さん。一緒に映画見たりするんだ。何か仲良さそうだったもんな。
「……仲、いいんですね」
「面倒事押し付けられてるだけだよ。本当はWINGsのトップだって、あの二人の内どちらかでもよかったんだから」
「へぇー……って、え?」
「ん?どうかした?」
困ったような笑顔が微笑ましかった。万里先輩は穏やかだし、やっぱりそう、他人の世話する側に回りやすいんだなとか思って聞いてたら、何だか聞き捨てならないことを言われた。
「あの二人もWINGsのメンバーなんですか!?」
「あれ?あいつら自己紹介してなかった?」
「してません!」
いや、万里先輩の関係者ってとこで気づくべきだったんだ。何か頭一杯になってたから、何も考えられなかった。しかも、今の言い方だとチームの中でもかなり上の立場じゃないのか?トップでもいいって。
うーわー。何て人たちに連れさらわれてたんだ自分。よく生きて戻ってこれた。全部万里先輩のおかげだ。本当。感謝してもしたりない。
「金髪の方はツカサ。バトル狂で、強い奴しか相手にしない。メッシュの方はサエ。内外から鬼畜と呼ばれてる」
本っっ当に万里先輩がいてくれて良かった。
「え?じゃあ、あのお店ってWINGsの溜まり場だったりするんですか?」
「ん?違うよ」
「そうなんですか?何か、常連ぽかったので」
まぁ良かったけど。知らない内に不良の溜まり場にいたとかだったら、何か怖いじゃないか。
知らない内にものすごく怖い人たちと接触してたけど。
「あそこは……」
言いかけ、何やら考え始めてしまった万里先輩。どうしたのだろうと首をかしげながらも、言葉が続くのを待つ。
「……もう昼時か」
「え?あ、そうですね。お昼どうします?」
「オススメの店があるんだけどそこでもいい?きちんと紹介したい人がいるんだ」
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